2026.03.23
クリニック奮闘記
Vol.1125 人材採用を「一過性の活動」から「継続的な組織づくり」へ ―定着を前提とした採用戦略の構築―
これまでの連載では、クリニックにおける人材採用について、給与以外の要素としての福利厚生、診療理念や求める人材像の明確化、さらに求人情報や面接プロセスの工夫といった観点から検討してきた。本稿ではこれらの議論を総括し、人材採用を一時的な活動としてではなく、継続的な組織づくりの一環として捉える視点について考察する。
多くのクリニックにおいて、採用活動は「人手が足りなくなったときに行うもの」として位置付けられている。しかしこのような対応では、採用と離職が繰り返され、結果として組織の安定性が損なわれる可能性がある。採用の課題を根本的に解決するためには、採用と定着を一体のものとして捉え、日常の組織運営の中に組み込む必要がある。
ある郊外の内科クリニックでは、医療事務の離職が続いた経験を踏まえ、採用の考え方を見直した。このクリニックでは、従来は欠員が生じた際に急遽求人を行っていたが、その方法では十分な選考ができず、結果としてミスマッチが生じていた。そこで院長は、採用を「常に行うべき活動」として位置付け、欠員の有無にかかわらず求人情報を発信するようにした。
この取り組みにより、応募者との接点が増え、余裕を持って選考を行うことが可能となった。また、日常的に採用を意識することで、職場環境の改善にも目が向けられるようになった。院長は「採用活動を続けることで、自院の課題が見えるようになった」と述べている。このように、採用を継続的な活動とすることは、組織の現状を把握する手段としても機能する。
整形外科クリニックでは、採用と定着を一体的に考えることで組織の安定につながった事例がある。ある整形外科では、リハビリスタッフの採用において、福利厚生や理念の共有に加え、入職後のフォロー体制を整備した。具体的には、新人スタッフに対して一定期間の指導担当者を設定し、業務の習得状況や職場への適応について定期的に確認する仕組みを導入したのである。
この取り組みにより、新人スタッフが抱える不安や課題が早期に把握され、必要な対応が行われるようになった。その結果、入職後半年以内の離職が大幅に減少した。また、指導担当者となった既存スタッフにとっても、自らの業務を見直す機会となり、組織全体の業務の標準化が進むという副次的な効果も見られた。
訪問診療クリニックでは、組織文化の形成が採用と定着に影響を与えている。ある訪問診療クリニックでは、スタッフ同士の関係性を重視し、日常的なコミュニケーションの機会を意識的に設けていた。例えば、定期的なカンファレンスに加え、業務終了後の短時間の振り返りを行い、その日の訪問内容や課題を共有する場を設けていた。
このような取り組みは、一見すると採用とは直接関係がないように見えるが、実際には職場の雰囲気を形成し、それが採用活動にも影響を与えている。実際にこのクリニックでは、既存スタッフからの紹介による採用が一定数存在しており、職場環境の良さが外部に伝わることで、新たな人材の確保につながっていた。
また、福利厚生の取り組みも、単なる制度として存在するだけでなく、組織文化の一部として機能する場合がある。前回取り上げた社員旅行における家族同伴の制度を導入している整形外科では、この取り組みがスタッフ間の関係性を深めるだけでなく、「家族を大切にする職場」というイメージを外部に伝える役割を果たしていた。その結果、採用活動においてもプラスの影響が見られたのである。
これらの事例に共通しているのは、採用が単独の活動として存在するのではなく、組織運営全体の中で位置付けられている点である。職場環境、理念の共有、業務の進め方、スタッフ間の関係性といった要素が相互に影響し合い、その結果として採用と定着の状況が決まる。
重要なのは、「どのような人材を採用するか」という視点だけでなく、「採用した人材がどのように働き続けるか」という視点を持つことである。採用後の環境が整っていなければ、いかに優れた人材を確保しても定着にはつながらない。その意味で、採用と定着は切り離して考えることのできない課題である。
クリニックにおける人材確保は、今後ますます重要性を増していくと考えられる。その中で、採用活動を単なる人員補充としてではなく、組織づくりの一環として捉えることが、安定した経営の基盤となる。日常の診療の中で職場環境を整え、その魅力を適切に発信していくことが、結果として持続的な人材確保につながるのである。
本連載では、人材採用をめぐる課題について、実例を通して多角的に検討してきた。医療機関の規模や診療内容によって最適な方法は異なるものの、採用と組織運営が密接に関連している点は共通している。今後のクリニック経営においては、この視点を踏まえた人材戦略の構築が求められている。
