2026.04.06
クリニック奮闘記
Vol.1132 なぜ人材育成が進まないのか ―整形外科で起きていた"教育の限界"―
クリニックにおける人材育成は、採用と並んで重要な経営課題である。しかし現実には、「採用はできるが育たない」「教育しても定着しない」といった問題が頻発している。とりわけ整形外科のように診療内容が多岐にわたり、診療報酬の算定が複雑な領域においては、この傾向が顕著に現れる。本稿では、ある整形外科クリニックで実際に起きていた事例をもとに、人材育成が進まない構造的な要因について考察する。
当該クリニックは郊外型の整形外科であり、外来患者数は安定していた。リハビリ患者も多く、一定の収益基盤を有していたが、医療事務スタッフの定着率が低いという問題を抱えていた。院長はこれまで複数回にわたり採用を行ってきたが、入職後数ヶ月以内に退職するケースが続いていた。
表面的には「最近の若い人は根気がない」といった認識もあったが、実際に業務内容を分析すると、問題は個人の資質ではなく、教育体制そのものにあることが明らかとなった。
このクリニックでは、新人スタッフに対して、受付業務、会計処理、診療補助、そしてレセプト業務までを短期間で習得させる方針を採っていた。背景には「人手が足りないため、早く戦力化しなければならない」という事情があった。しかし、この前提そのものが、結果として育成を阻害する要因となっていた。
特に負担が大きかったのがレセプト業務である。整形外科におけるレセプト請求は、単純な外来診療にとどまらず、リハビリテーション、各種処置、画像診断など、多岐にわたる算定項目を含んでいる。また、症状や経過に応じた判断も必要となるため、単なるマニュアルでは対応しきれない場面も多い。
新人スタッフは、日々の受付対応に追われる中で、これらの複雑な請求業務を同時に習得することを求められていた。その結果、理解が追いつかないまま業務をこなすことになり、ミスが発生し、それに対する指摘を受けるという悪循環に陥っていた。
あるスタッフは、入職後2ヶ月で次のように述べている。「何を優先すればいいのかわからない。毎日言われることが違うように感じる」と。この発言は、教育が体系化されておらず、場当たり的に行われていたことを示している。
院長は当初、教育の強化によって問題を解決しようとした。具体的には、ベテランスタッフによる指導時間を増やし、マニュアルの整備も進めた。しかし、現場は常に忙しく、十分な教育時間を確保することは難しかった。また、指導する側の負担も増大し、結果として現場全体の疲弊を招くこととなった。
このような状況の中で、院長は発想の転換を迫られた。すなわち、「すべてを院内で教える」という前提そのものを見直す必要があるという認識である。その具体的な手段として検討されたのが、レセプト請求代行の導入であった。
導入の目的は単なる業務負担の軽減ではなく、教育構造の再設計にあった。すなわち、最も専門性が高く、かつ教育負担の大きいレセプト業務の一部を外部に委ねることで、院内での教育範囲を限定するという考え方である。
実際に導入後、教育の進め方は大きく変化した。まず、新人スタッフには受付業務と基本的な会計処理に集中させ、一定期間後に段階的に業務範囲を広げる方式が採用された。レセプトに関しては、入力補助や基礎的な確認業務にとどめ、最終的な判断は外部の専門機関に委ねる体制とした。
この結果、新人スタッフは業務の全体像を把握しやすくなり、一つひとつの作業に対する理解が深まった。また、ミスが発生した場合でも、その原因が明確になりやすく、学習効果も高まった。
さらに重要だったのは、外部委託先からのフィードバックである。レセプト請求代行を通じて返される修正内容や指摘は、実務に直結した具体的な情報であり、従来のOJTでは得られにくいものであった。これを院内で共有することで、教育内容の質も向上した。
結果として、スタッフの定着率は改善し、教育にかかる時間と負担も軽減された。院長自身も、「教えることに追われる状態」から解放され、診療に専念できる時間が増加したと感じている。
この事例から導かれる重要な示唆は、人材育成が進まない原因は「教育不足」ではなく、「教育設計の問題」であるという点である。すなわち、すべての業務を短期間で習得させようとする構造そのものが、育成を困難にしているのである。
また、レセプト請求代行は単なる外注ではなく、教育の負担を分散し、効率化するための手段として機能し得る。特に未経験者の採用が前提となる現代においては、このような外部資源の活用は不可欠であると考えられる。
クリニック経営においては、「人を育てる」という視点だけでなく、「育てられる構造をつくる」という視点が求められている。本稿で取り上げた整形外科の事例は、その重要性を示す一例である。
