2025.04.07
クリニック奮闘記
Vol.878 院長が経営者としてすべきこと
クリニック院長が下すべき重要な意思決定:5つの物語
① 人材採用と育成に関する意思決定
物語:新しい風を呼ぶか、現状維持を選ぶか
すっかり地域に根付いた中規模のクリニック「ひだまり診療所」。院長の陽子先生は、患者さんからの信頼も厚く、穏やかな毎日を送っていました。しかし、最近、受付スタッフの一人が家庭の事情で退職することに。
「さて、どうしようか...」
陽子先生は考えました。これまでと同じように経験のあるベテランを採用し、すぐに戦力になってもらうのが一番手っ取り早いでしょう。しかし、一方で、最近注目されているホスピタリティ研修を受けたばかりの若い人材を採用し、新しい風を吹き込んでもらうのも魅力的です。
ベテランには即戦力としての安心感がありますが、新しい発想や柔軟性に欠けるかもしれません。若い人材は成長の可能性を秘めているものの、教育には時間と労力がかかります。
陽子先生は、今後のクリニックの方向性を深く考えました。高齢化が進む地域で、より患者さんに寄り添った温かい対応を重視したい。そのためには、新しい視点を持った若い力が必要かもしれない。
数日後、陽子先生は決断しました。「経験は大切だけど、これからの『ひだまり診療所』には、患者さん一人ひとりに心を込めた対応ができる、意欲のある若い力を迎えよう。」
そして、採用活動の結果、明るく笑顔が素敵な新人スタッフ、未来さんが「ひだまり診療所」の一員となることが決まりました。陽子先生は、未来さんの成長を丁寧にサポートしていくことを心に誓いました。
② 設備投資に関する意思決定
物語:最新鋭の機器か、堅実な運用か
開院して10年になる「さくら内科クリニック」の健太郎先生は、日々の診療に忙殺されていました。そんな中、医療機器メーカーの営業担当者が、最新の画像診断装置を熱心に勧めてきました。
「この装置があれば、より早期に、より精密な診断が可能になります。患者さんの安心にも繋がりますし、クリニックの評判も上がりますよ。」
確かに、最新鋭の機器は魅力的です。しかし、導入には数千万円の費用がかかります。現在のクリニックの経営状況を考えると、決して小さな投資ではありません。
健太郎先生は、導入のメリットとデメリットを慎重に検討しました。
- メリット: 診断精度の向上、患者満足度の向上、競合クリニックとの差別化。
- デメリット: 高額な導入費用、ランニングコストの増加、操作習得のための時間と労力。
もし導入を見送れば、資金的な余裕は生まれますが、最新の医療を提供できないという懸念も残ります。
数週間悩んだ末、健太郎先生は、まずは現状の設備でできることを最大限に行い、本当に必要なのかどうかを見極めることにしました。そして、その代わりに、スタッフのスキルアップのための研修費用を増やすことにしました。「最新の機器も重要だが、それを使いこなす人材の育成も同じくらい重要だ」と考えたからです。
健太郎先生は、堅実な経営を続けながら、患者さんに質の高い医療を提供していく道を選びました。
③ 診療方針・専門性の選択に関する意思決定
物語:地域ニーズに応えるか、専門性を深めるか
住宅街にある「ふたばクリニック」の真由美先生は、内科全般の診療に加え、小児科の患者さんも多く診ていました。最近、近隣に大規模な総合病院が開院し、小児科の患者さんが減少しつつあります。
真由美先生は考えました。「このまま幅広い診療を続けるべきか、それとも何か専門性を深めるべきか...」
地域の高齢化が進んでいることを考えると、在宅医療や慢性疾患の管理に力を入れるという選択肢があります。一方、自身の興味や得意分野であるアレルギー科を専門にすることで、遠方からも患者さんを集められる可能性があります。
しかし、専門性を深めるには、新たな知識や技術の習得が必要となり、既存の患者さんが離れてしまうリスクもあります。地域のニーズに応える道を選べば、安定した患者数を維持できるかもしれませんが、自身の専門性を十分に活かせないかもしれません。
真由美先生は、患者さんの声に耳を傾け、地域の医療ニーズを調査しました。その結果、高齢者の増加に伴い、在宅医療へのニーズが高まっていることを知りました。
そこで、真由美先生は、内科全般の診療を続けながら、訪問看護ステーションと連携し、在宅医療を強化する方針を打ち出しました。「地域の皆さんが安心して自宅で療養できるサポート体制を築くことが、私の使命だ」と、真由美先生は新たな目標に向かって歩み始めました。
④ マーケティング戦略に関する意思決定
物語:口コミ頼みか、積極的に発信するべきか
駅前のビルにある「みなと皮膚科クリニック」の翔太先生は、丁寧な診察と的確な治療で、患者さんからの評判も上々でした。しかし、新規の患者数は伸び悩んでおり、経営は決して楽ではありません。
翔太先生は悩んでいました。「これまで通り、患者さんの口コミに頼るのが良いのか、それとも積極的に情報発信をしていくべきなのか...」
インターネット広告やSNSを活用すれば、より多くの人にクリニックの存在を知ってもらうことができます。しかし、費用もかかりますし、効果があるかどうか不安もあります。一方、口コミは費用がかからないものの、効果が出るまでに時間がかかります。
翔太先生は、同業の友人やコンサルタントに相談しました。多くの意見を聞く中で、これからの時代は、患者さんがインターネットで情報を集めるのが当たり前になっていることを改めて認識しました。
そこで、翔太先生は、まずはクリニックのウェブサイトをリニューアルし、診療内容や得意な治療、先生の人柄などが伝わるように情報を充実させることにしました。さらに、ブログやSNSを活用して、皮膚に関する正しい知識やクリニックの日常を発信していくことにしました。
最初は戸惑いもありましたが、徐々にウェブサイトからの予約や問い合わせが増え始めました。「もっと早く行動していれば...」と翔太先生は感じましたが、積極的に情報発信することの重要性を改めて実感しました。
⑤ 事業承継・多角化に関する意思決定
物語:築き上げたものを未来へ繋ぐか、新たな挑戦をするか
開業して30年になる「むつみ眼科」の悟先生は、そろそろ引退の時期を迎えていました。長年地域医療に貢献してきたクリニックを、このまま閉院してしまうのは忍びないと考えていました。
選択肢はいくつかありました。信頼できる後輩の医師にクリニックを譲り、事業承継をする。あるいは、思い切って美容医療の分野に進出し、新たなクリニックを開業する。
事業承継には、これまで築き上げてきた患者さんとの信頼関係やクリニックのブランドを引き継げるというメリットがあります。しかし、後継者探しや条件交渉など、多くの課題もあります。一方、多角化は新たな可能性を秘めているものの、初期投資やノウハウの習得など、リスクも伴います。
悟先生は、家族や長年のスタッフとじっくり話し合いました。皆、長年親しんできた「むつみ眼科」がなくなることを惜しんでいました。
そこで、悟先生は、熱意のある若い眼科医を見つけ、時間をかけて事業承継の準備を進めることにしました。後輩の医師に自身の経験や理念を伝え、スムーズな移行を目指しました。
数年後、「むつみ眼科」は新しい院長の元、地域医療への貢献を続けています。悟先生は、自身の築き上げたものが未来へと繋がっていくことを、温かい目で見守っています。
これらの物語は、クリニックの院長先生が経営者として直面する可能性のある重要な意思決定の一例です。実際には、これらの要素が複雑に絡み合い、より困難な判断を迫られることもあるでしょう。しかし、常に患者さんのため、そしてクリニックの未来のために、最善の選択をすることが求められます。