Vol.891 医療業界のIT化とDX(デジタルトランスフォーメーション)の遅れ

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クリニック奮闘記

2025.04.27

クリニック奮闘記

Vol.891 医療業界のIT化とDX(デジタルトランスフォーメーション)の遅れ

医療業界におけるIT化とDXの遅れ 〜背景・事例・政策動向と今後の課題〜

はじめに

日本の医療業界は、世界に誇る高水準の医療サービスを提供してきたが、IT化・DX(デジタルトランスフォーメーション)においては他産業に比べ著しく遅れをとっている。この遅れは、業務効率化の阻害だけでなく、医療従事者の負担増大や地域医療崩壊リスクの高まりといった深刻な課題を引き起こしている。
本稿では、医療業界のIT化・DX遅滞の背景を分析し、具体的な事例を紹介しつつ、国の政策動向を踏まえたうえで、医療機関が取り組むべき課題について考察する。

医療業界のIT化・DXの現状

現在、医療機関における電子カルテ導入率は病院で85.4%、診療所で51.7%(2022年 厚生労働省調査)に達しているが、まだ紙カルテを使用する医療機関も少なくない。また、データ連携(地域医療連携ネットワーク)や、AI診療支援、オンライン診療といった先進的取り組みは一部に留まっており、全体としては「デジタル基盤の整備段階」にとどまっているのが現実である。

遅れの背景

1. 経済的制約

  • 中小規模のクリニックでは、電子カルテやシステム導入にかかる初期コスト・維持費が負担となり、導入に踏み切れないケースが多い。

2. 法規制とセキュリティ懸念

  • 個人情報保護(特に医療情報の厳格な管理)が求められ、クラウド化・データ共有が慎重にならざるを得ない。

  • 法制度の柔軟性不足が新技術導入の足かせとなっている。

3. DXへの理解不足

  • 「DX=ITツールの導入」と誤認し、業務やサービス自体を見直す本質的な改革に踏み出せていない医療機関が多い。

4. 現場の抵抗

  • 医療従事者の中には、従来の業務プロセスに強い愛着や自負を持つ人が多く、デジタル化への心理的抵抗が根強い。

5. 標準化困難

  • 医療行為の多様性・個別性により、業務プロセスの標準化が難しく、IT化が進みにくい。

6. 人材不足

  • IT専門人材の確保が難しく、既存スタッフへの負担集中や、システムの形骸化リスクが存在する。

具体的事例

成功例:医療法人X(地方都市・中規模病院)

  • 取り組み内容

    • 電子カルテと検査機器のデータ連携を実施。

    • オンライン予約・問診システムを導入。

    • 業務プロセスを全面的に見直し、看護師の記録時間を30%短縮。

  • 成功要因

    • DX推進チームを院内に編成し、現場巻き込み型で改革を進めた。

    • 外部ITコンサルタントと連携し、段階的・小規模から始めた。

  • 効果

    • 医療スタッフの残業時間が20%削減。

    • 患者満足度が向上し、紹介患者数が増加。

失敗例:医療法人Y(都市部・診療所)

  • 取り組み内容

    • 高額な電子カルテシステムを一括導入。

    • 職員教育・研修は最小限。

  • 失敗要因

    • 院長主導でシステムを強引に導入、現場の理解不足。

    • 業務プロセスとのミスマッチが発生し、かえって業務効率が低下。

  • 結果

    • 職員の離職が増加し、結局紙カルテ併用に逆戻り。

国の政策動向

国も医療業界のDX推進に向けた具体策を打ち出している。主な施策を以下に整理する。

1. 医療DX推進指針(2023年)

厚生労働省は「医療DX推進本部」を設置し、以下の目標を掲げた。

  • 電子カルテ情報の標準化(FHIR準拠)を推進

  • 2030年までに全国の医療機関で電子カルテ普及率100%を目指す

  • オンライン資格確認(マイナ保険証)システムの普及促進

  • 個人単位の医療データ利活用(PHR:Personal Health Record)を推進

2. 資金援助制度

  • 中小規模医療機関向けの電子カルテ導入費用補助金

  • セキュリティ対策強化のための助成金制度

3. 規制改革

  • オンライン診療の恒久化

  • クラウドサービス利用に関するガイドラインの緩和と明確化

医療機関が取り組むべき課題

1. 経営戦略レベルでのDX推進

院長や経営陣が「医療機関の存在意義」「患者への価値提供」を再定義し、経営課題としてDXを推進することが求められる。

2. スタッフ教育と意識改革

ITリテラシー研修のみならず、DXによるメリット(業務負担軽減、患者サービス向上など)を共有し、スタッフの意識変革を促す。

3. スモールスタートの実践

一気に大改革を目指すのではなく、小さな成功体験を積み重ねる。 例:電子問診導入→予約システムオンライン化→遠隔診療拡大など。

4. データ活用型マネジメントの導入

単なる記録・保存に留まらず、

  • 診療実績

  • 患者満足度

  • 待ち時間データ
    などを定期的に分析し、経営・サービス改善に生かす体制を作る。

5. 外部パートナーシップの活用

  • ITベンダー、コンサルタント、スタートアップ企業との連携

  • クラウド型SaaSサービスの活用によるコスト圧縮と柔軟運用

まとめ:医療の未来を切り開くために

医療業界のIT化・DXは、単なる業務効率化にとどまらない。
医療の質を高め、患者中心の医療を実現し、働き方改革を進め、地域医療の持続可能性を確保するための「未来投資」である。

日本の医療機関には、現状に甘んじることなく、変革を恐れずに一歩を踏み出す勇気が求められている。
患者のため、スタッフのため、そして未来の医療のために、医療機関一つ一つがDXというチャレンジに真正面から向き合うことが、これからの時代に不可欠である。