2025.04.23
クリニック奮闘記
Vol.890 多忙な院長業務がクリニック経営に及ぼす影響とは
日常診療に追われる院長業務とクリニック経営への影響
はじめに
多くのクリニックでは、院長自らが診療の第一線に立っている。特に中小規模の診療所では、院長は診療のみならず、経営やスタッフマネジメントなど、多くの役割を一手に担っているケースが多い。患者対応に追われる日常のなかで、診療に集中するあまり、経営的な意思決定が後手に回ることも少なくない。では、院長が診療で多忙を極めることが、どのようにクリニックの経営に影響を与えるのだろうか。本稿では、現場の実態と経営上のリスク、改善の方向性について掘り下げていく。
1. 院長業務の多重構造
クリニックの院長には、医師としての臨床業務に加えて、以下のような多岐にわたる業務が求められる。
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診療:患者診察、処方、説明、検査の判断など
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経営:資金繰り、売上管理、投資判断、経営戦略の策定
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労務:スタッフの採用・育成・評価・労務トラブル対応
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法務・コンプライアンス:医療法、個人情報保護法、労働基準法などへの対応
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渉外:医師会との連携、地域連携、取引業者との折衝
本来であれば、これらの業務は役割分担やマネジメント体制により適切に処理されるべきだが、人的リソースに限りがあるクリニックでは、院長が全てを抱え込む構図が一般的である。
2. 診療に専念する院長のジレンマ
診療が立て込むと、当然ながら院長の時間的余裕はなくなる。朝から夕方までの外来、昼休憩中の電話対応や検査の確認、終了後の事務処理やレセプトチェック。こうした業務に追われるなかで、経営面に対する戦略的な視点が失われがちになる。
例えば以下のような問題が発生しやすい:
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経営数値の分析不足
診療報酬の点数ごとの収益構造を把握しないまま、非効率な診療体制が維持される。 -
人事評価の形骸化
スタッフ評価の時間が取れず、一律的な賞与配分やモチベーション低下に繋がる。 -
設備投資やDX化の遅れ
電子カルテの更新や、予約システムの導入などに対して判断が遅れる。 -
リスクマネジメントの甘さ
労務トラブルへの対応が後手となり、退職者の増加や訴訟リスクを生む。
経営者としての「俯瞰する目」が養われないまま、現場に埋没することで、院長自らが組織のボトルネックになる可能性もある。
3. スタッフマネジメントへの波及
院長が診療に没頭しすぎると、組織内のコミュニケーションにも歪みが生じる。スタッフからすると、院長は常に忙しそうで話しかけにくい存在になり、業務改善提案や問題の共有がしにくくなる。結果として、以下のような負の連鎖が起こる。
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モチベーションの低下
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離職率の上昇
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院長との心理的距離の拡大
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チームとしての機能不全
医療機関の運営は、医師個人ではなく、チーム全体で行われるべきものである。その調和を乱す要因として、院長の「過剰な診療集中」は見過ごせない問題である。
4. 経営的な損失の見えにくさ
日常診療がうまく回っていれば、一見して「経営が成り立っている」と錯覚しがちである。しかし、院長の多忙が慢性化すると、経営上の小さなボタンの掛け違いが放置され、後になって大きな問題へと発展する。
例えば、以下のような事態が想定される:
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コスト管理の緩み(無駄な仕入れ、残業代の増加)
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レセプトのミス放置による返戻・査定の増加
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患者満足度の低下による受診控え
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マーケティング不在による新患の減少
こうした経営的損失は、日々の現場では気づきにくく、数字で表面化する頃にはすでに手遅れになっているケースもある。
5. 解決の糸口は「役割の再定義」
では、どうすれば院長の過重負担を軽減しつつ、経営視点を取り戻せるのか。そのための鍵は、院長の役割を再定義することにある。
(1)経営と診療の分離
最も基本的なアプローチは、「診療に集中する時間」と「経営を考える時間」を明確に分けることである。例えば、週に1回、半日を「経営会議」として確保し、経理データや労務課題、スタッフからの意見を整理する時間にあてる。
(2)権限委譲と外部リソースの活用
院長が全てを抱え込まず、事務長やマネージャー、コンサルタントなどの外部人材に業務を分担させることも有効である。特に、
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採用活動 → 人事支援会社
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経理・給与 → 税理士や社労士
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経営分析 → 医療専門コンサルタント
など、専門家のサポートを受けることで、経営の質を高めつつ、院長の負担を軽減できる。
(3)スタッフとの対話の仕組み化
朝礼や定例ミーティングの導入、目標管理制度(MBO)など、スタッフと定期的にコミュニケーションを取る機会を制度化することで、組織の一体感が生まれ、業務改善のアイデアも自然と集まりやすくなる。
おわりに
診療と経営、どちらも大切である。しかし、院長が診療だけに集中してしまうと、クリニックという組織の持続可能性に陰りが見えてくる。時代の変化に対応し、スタッフと共に成長するクリニックをつくるためには、「診療現場の一兵卒」から「組織の舵取り役」への意識転換が求められている。多忙な日常の中にも、立ち止まって未来を見つめ直す時間を確保すること。それが、経営者としての第一歩なのである。