2025.04.27
クリニック奮闘記
Vol.893 事業承継と後継者不足
近年、地域医療の要であるクリニックの事業承継問題が深刻化している。高齢化が進むなかで、開業医自身も高齢化し、引退を考える医師が増加している一方、後継者が見つからず閉院に至るケースが相次いでいる。この状況は、地域住民の医療アクセスに直接影響を及ぼし、医療提供体制の崩壊にもつながりかねない重大な課題である。本稿では、クリニックの事業承継における問題を、医師個人、医師会、地方自治体、国策という各視点から整理し、今後の対策について考察する。
医師個人の問題
1. 事業承継への意識の低さ
多くの開業医が、自身の引退後のクリニックの継続に関して計画を持たないまま年月を重ねている。特に、日々の診療に忙殺されるなかで、事業承継は後回しにされがちである。また、「自分が元気なうちは問題ない」「いずれ子どもが継いでくれるだろう」といった楽観的な考えも少なくない。
2. 子どもや親族への継承困難
かつては親から子へクリニックを継ぐことが一般的であったが、現在では医師家庭であっても、子どもが必ずしも医師になるとは限らず、また専門分野が異なるケースも多い。そのため、親族内での承継が難しくなっている。
3. 外部への事業譲渡への抵抗感
自らが築き上げたクリニックを第三者に譲渡することに対する心理的抵抗感も根強い。特に地域密着型のクリニックでは、患者との信頼関係を重視するあまり、知らない医師にバトンを渡すことに躊躇するケースが目立つ。
医師会としての取り組み
1. マッチング支援事業の展開
各地の医師会では、後継者を探す医師と開業希望医師とのマッチング支援を行う取り組みが始まっている。たとえば、後継者募集リストの作成、譲渡希望クリニックの情報提供、開業支援セミナーの開催などが進められている。
2. 承継教育の推進
若手医師に対して、開業医としてのキャリアパスの一つに事業承継を加える意識づけも始まっている。医師会主催の研修で、経営知識や地域医療の重要性を学ぶ機会を設け、承継を前向きに捉えてもらう努力がなされている。
3. 信頼性の担保
医師会が間に入ることで、売り手医師と買い手医師の双方に安心感を与えることができる。特に、患者情報の引き継ぎ、スタッフ雇用の維持など、倫理的配慮が求められる領域において、医師会の仲介は重要な役割を果たしている。
地方自治体としての取り組み
1. 医師確保策の強化
地方自治体では、地域医療確保のために医師誘致を積極的に行っている。診療所の無償貸与、住宅支援、奨学金返済支援など、様々なインセンティブを用意し、都市部から医師を呼び込もうとしている。
2. 地域医療支援センターの設置
いくつかの自治体では、医療人材の確保・育成・定着を支援するための「地域医療支援センター」を設立している。センターは、医師と地域医療機関のマッチングだけでなく、生活支援や家族の就業支援も行い、移住後の定着率向上に努めている。
3. 空き診療所活用プロジェクト
後継者が見つからず閉院した診療所を再活用する取り組みも行われている。リノベーションして新たな医師に貸し出す、地域医療拠点としてリスタートさせるなど、地域資源を無駄にしない工夫が進んでいる。
国策として取り組むべきこと
1. 事業承継税制の活用拡大
現在、医療法人の事業承継に関しても、一定の税制優遇措置が存在するが、個人開業医については十分とは言えない。承継に伴う贈与税・相続税の軽減措置をさらに拡充し、後継者が負担なく事業を引き継げる環境を整備すべきである。
2. 診療報酬制度の見直し
地域医療を担う小規模クリニックにとって、経営の安定は大きな課題である。診療報酬体系を見直し、地域医療を支える診療所に対しては特別加算を設けるなど、持続可能な経営を後押しする制度設計が求められる。
3. 開業支援ファンドの創設
民間金融機関だけでは賄いきれない、クリニック開業資金を支援するため、国が主導する開業支援ファンドを創設すべきである。特に、医療過疎地域での承継や新規開業に対しては、無利子または低利子の融資を提供するなど積極的なサポートが必要だ。
4. 医師養成過程での意識改革
医学部教育や初期研修の段階から、開業医・地域医療の重要性について教育するカリキュラムを整備し、将来的に事業承継をキャリア選択肢の一つとして自然に考えられるようにすることも必要である。
おわりに
クリニックの事業承継問題は、単なる個別の医療機関の問題ではなく、地域社会全体の医療インフラの存続に関わる重大なテーマである。医師個人の意識改革と具体的な準備に加え、医師会、地方自治体、国がそれぞれの立場で連携し、総合的な支援策を講じることが急務である。今後、医療界全体でこの課題に真正面から取り組むことが求められている。