2025.09.08
クリニック奮闘記
Vol.984 なぜ病院の6割が赤字に?経営悪化の本当の原因と生き残りのヒント
令和7年8月現在、全国の病院の6割から7割が赤字経営に陥っているというニュースが医療業界を騒がせています。かつては「医療機関は安定した経営基盤を持つ」と考えられていた時代もありましたが、今やその前提は崩れつつあります。
では、なぜこれほど多くの病院が赤字化しているのでしょうか。本記事では、病院経営の現場で起きている変化を多角的に分析し、原因と改善の糸口を整理します。
1. 人件費・光熱費など固定費の高騰
病院経営を直撃している最大の要因のひとつが固定費の増大です。
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人件費の上昇:医師・看護師不足が続く中で人材確保の競争が激化し、給与水準を上げなければ採用できない状況が広がっています。特に都市部では看護師の人材紹介料が数百万円に達することも珍しくありません。
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光熱費の高騰:電気代やガス代の上昇は大規模病院ほど影響が大きく、年間で数千万円規模のコスト増につながっています。
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設備更新の負担:医療機器は高額でありながら耐用年数も限られており、最新技術の導入を怠れば患者離れを招くというジレンマがあります。
このように「人件費」「光熱費」「設備投資」という避けられないコストの増加が、収支を圧迫しています。
2. 診療報酬制度と改定の影響
病院の収入は診療報酬に依存しています。しかし、診療報酬は近年の改定で抑制傾向が続いています。
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入院基本料の厳格化
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在宅医療・地域包括ケアへの誘導
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医療費全体の伸びを制御する政策的圧力
これらによって、単純に患者数を増やすだけでは収益が伸びにくい構造になりました。むしろ「効率化を進めないと利益が出ない仕組み」にシフトしており、従来の発想での経営は通用しなくなっています。
3. 患者数の減少と受診行動の変化
赤字化の背景には、患者の減少も見逃せません。
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高齢化によって患者数はむしろ増えるのではないかと予想されていましたが、コロナ禍を契機に「通院控え」が定着。
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生活習慣病など慢性疾患の患者が定期受診をやめるケースも増加。
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一方で「軽症なら市販薬やオンライン診療で済ませる」という選択肢も広がり、外来患者数は回復していません。
患者数が減れば当然収入は減りますが、病院の固定費は簡単に削減できないため、赤字に直結します。
4. 事務作業の複雑化と収益漏れ
経営者が見落としがちなのが、事務部門における収益漏れです。
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診療報酬の算定ルールは年々複雑化しており、算定漏れや請求ミスが発生。
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部門間の情報伝達が不十分で、診療行為が正しくレセプトに反映されないことも。
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精度の低いレセプト請求は、1件あたりでは小さなロスでも、年間で数千万円規模の収益減に及ぶことがあります。
この「収益漏れ」は、患者数や診療報酬に依存せずに改善可能な領域であるにもかかわらず、十分に対策されていない病院が少なくありません。
5. 経営悪化の連鎖反応
以上の要因が複合的に作用することで、赤字経営は一層深刻化します。
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人件費・固定費が増加
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患者数減少で収入減
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診療報酬の抑制で収益構造が弱体化
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事務部門の収益漏れでさらに収入が減少
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赤字が続くと人材流出・設備投資の先送り → 医療サービスの質が低下 → 患者離れが進む
この「負のスパイラル」に入ると、経営改善のハードルは一気に高くなります。
6. 生き残りのヒント
それでは病院はどうすれば赤字経営から脱却できるのでしょうか。ポイントは「できることから収益構造を改善する」ことです。
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レセプト請求の精度向上:算定漏れやミスを防ぐことで、正当な収益を確実に確保する。
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経費の合理的な見直し:光熱費や外注費の削減は有効。ただし薬品卸への過度な値引き要求は業界全体の持続可能性を損なう恐れがあるため、バランスが必要。
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診療体制の最適化:地域ニーズに即した診療科にリソースを集中し、不採算部門は再考する。
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部門間のコミュニケーション改善:診療部門と事務部門の連携を強化し、無駄をなくす。
これらは大規模な投資を必要とせずに始められる改善策です。特に「レセプト請求の精度向上」は、短期間で効果が出やすい分野といえます。
まとめ
病院赤字の背景には、固定費の増加・診療報酬の抑制・患者数減少・収益漏れといった複数の要因が複雑に絡み合っています。単に「患者を増やせば良い」「補助金を頼れば良い」という話ではなく、経営の構造そのものを見直すことが求められています。
病院経営を立て直す第一歩は、現場で何が収益を失わせているのかを正確に把握すること。そして改善可能な部分から取り組むことです。