2025.09.08
クリニック奮闘記
Vol.985 受診抑制が及ぼす影響とは?病院経営と患者双方へのリスク
令和7年8月現在、全国の病院の6割から7割が赤字経営に陥っていると報じられています。その背景には、固定費の増加や診療報酬の抑制と並んで、**「受診抑制」**の影響が大きく関わっています。
受診抑制とは、患者が本来受診すべき状態にありながら、何らかの理由で医療機関への受診を控えることを指します。コロナ禍を契機に一般化した現象ですが、単なる一過性の行動変化にとどまらず、今も病院経営と国民の健康に長期的な影響を与えています。
本記事では、受診抑制の要因、患者・病院それぞれに及ぼす影響、そして今後の病院経営に求められる視点を整理します。
1. 受診抑制が広がった背景
受診控えはなぜ起きたのでしょうか。主な背景は以下のとおりです。
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感染症への不安
コロナ禍において「病院に行くこと自体が感染リスク」と認識され、多くの患者が通院を控えました。 -
経済的理由
医療費自己負担の増加や生活費の圧迫により、「軽症なら我慢しよう」と考える層が増えました。特に若年層や現役世代で顕著です。 -
セルフメディケーションの普及
ドラッグストアで手に入る市販薬や、オンライン診療の普及により、従来であれば受診していた軽症の患者が病院に来なくなっています。 -
生活習慣の変化
リモートワークや外出自粛を経て、「健康診断や定期通院は後回しでもいい」と考える人が一定数存在しています。
このように「本当に必要な人が受診しなくなった」だけでなく、「受診しなくても済む人が病院から離れた」という二重の現象が進行しています。
2. 患者側に及ぶリスク
受診抑制は患者にとって深刻な健康リスクをもたらします。
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慢性疾患の悪化
高血圧や糖尿病などは、症状が軽くても放置すれば合併症を引き起こします。受診をやめたことで重症化し、結果的に医療費負担が増大するケースが報告されています。 -
がんの発見遅れ
健診や定期検査の中止により、がんが早期に発見されず、進行してから見つかる事例が増加しています。 -
メンタルヘルスの悪化
精神科や心療内科の受診を控えることは、症状の長期化や自殺リスクの上昇につながる恐れがあります。
つまり「受診しないことで健康リスクを下げたつもりが、結果的に悪化を招く」という逆効果が生じているのです。
3. 病院経営への影響
患者の受診控えは病院経営に直接的な打撃を与えます。
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外来患者数の減少
軽症患者が減ることで、外来診療の収益は縮小します。これは規模の小さい病院やクリニックにとって大きな痛手です。 -
入院患者数への波及
慢性疾患の悪化や健診受診者の減少により、入院患者数も減少傾向にあります。健診から入院へとつながる患者の導線が断たれるためです。 -
収益の不安定化
診療報酬は出来高払いが基本であり、患者数の減少は即収益減につながります。固定費が高止まりする病院にとって、経営の安定性を大きく損なう要因です。 -
医療スタッフの士気低下
外来が閑散とする中で経営が悪化すれば、人件費削減や人員整理が進みます。結果としてスタッフの士気が下がり、さらに患者サービスの低下につながるという悪循環が生まれます。
4. 「受診しなくてよい人」が来なくなったことの意味
一部では「本来受診しなくてもよかった軽症患者が病院から離れただけなら、医療資源の効率化になるのではないか」という見方もあります。
確かに、軽症で市販薬やセルフケアで済む患者が病院を訪れなくなれば、医療従事者の負担は軽減します。救急や重症患者に資源を集中できる点ではメリットといえるでしょう。
しかし実際には以下のような問題があります。
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軽症患者の受診が病院収入のベースを支えていた
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軽症患者が「ついでに」健診や他の検査を受けていた導線が失われた
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「軽症だと思っていたが実は重症だった」というケースが発見されにくくなった
したがって、「受診しなくてもよい人が来なくなった」ことが単純にプラスになるわけではありません。病院にとっては収入減につながり、患者にとっては健康リスクの見逃しにつながるのです。
5. 今後の対応策
受診抑制が続く中で、病院には以下のような対応が求められます。
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健診・予防医療の強化
患者に「早期発見・早期治療の重要性」を発信し、健診の受診率を高める取り組みが必要です。 -
患者とのコミュニケーション改善
「病院に行くと感染が心配」「費用が不安」といった懸念を取り除く情報提供を行うことが重要です。 -
オンライン診療の活用
軽症患者の利便性を高めつつ、経営基盤を維持するためにオンライン診療を導入する病院が増えています。 -
地域連携の推進
病院単独で患者を呼び戻すのではなく、クリニックや健診センターと連携し、患者の流れを取り戻す仕組みを作る必要があります。
まとめ
受診抑制は単なる「患者数の減少」ではなく、患者の健康リスクと病院経営の両方を脅かす重大な問題です。
「本来来なくてもいい人が来なくなった」ことは一見合理的に思えますが、実際には病院収益の減少や重症化リスクの増加を招いています。
今後の病院経営には、患者の不安を取り除き、受診のハードルを下げる取り組みが欠かせません。単なる収益改善にとどまらず、**「患者の健康を守りながら経営を立て直す」**視点が求められています。