2025.09.17
クリニック奮闘記
Vol.990 在宅医療における人材確保と教育の課題 ~質の高いケアを支えるために必要な仕組み~
はじめに
在宅医療の現場では、医師一人の力では到底成り立ちません。看護師、事務スタッフ、ドライバー、時にはリハビリスタッフや薬剤師など、多職種が連携しながら一人の患者を支えています。
院長にとって最も頭を悩ませる課題の一つが「人材確保」と「教育」です。外来診療と異なり、在宅医療ではスタッフに求められるスキルや心構えが特殊であり、単なる人手不足以上の問題を孕んでいます。
本稿では、在宅医療に特化した人材面の課題を整理し、公共性と持続可能性を両立するための取り組みについて考えます。
在宅医療に必要とされる人材像
在宅医療は、患者の生活環境そのものに踏み込む診療スタイルです。そのためスタッフには外来勤務ではあまり求められない資質が求められます。
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柔軟な対応力
患者宅では予期せぬ出来事が多く発生します。医療機器の不調、家族からの突発的な相談、急変への初期対応など、臨機応変さが必要です。 -
コミュニケーション能力
患者だけでなく家族や介護スタッフ、ケアマネジャーなど多様な関係者と接するため、円滑なコミュニケーション能力が重要です。 -
地域連携への理解
在宅医療は病院や訪問看護ステーションと密接に連携する仕組みであるため、チーム医療の視点を持てる人材が不可欠です。
こうした能力は、単に「経験年数が長い」「専門資格を持っている」だけでは身につかないものです。
人材確保の現状と課題
全国的に医療人材は不足しており、特に地方では「在宅医療に携わりたい」と考える人材を見つけるのは容易ではありません。課題は次のように整理できます。
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在宅医療への理解不足
医療従事者の間でも、在宅医療に対する認知度は外来や病棟に比べて低いのが実情です。「夜間対応が大変そう」「急変時に不安」といったイメージが先行し、応募が集まりにくい傾向があります。 -
キャリアパスの不明確さ
在宅医療の経験は病院勤務に比べてキャリア形成のイメージがつきにくく、特に若手にとって魅力的に映りにくい側面があります。 -
勤務負担の偏り
24時間体制を支えるには夜間や休日の当番が不可欠です。これが特定の医師や看護師に集中すると、疲弊や離職につながります。
教育・研修の必要性
在宅医療の質を高めるためには、人材を採用するだけでなく、適切に教育・研修を行うことが重要です。
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初期研修の充実
在宅医療に不慣れな人材には、まず「訪問の基本」「在宅特有の診療報酬ルール」「緊急時の初期対応」などを体系的に学べる研修を設ける必要があります。 -
ケースレビューの習慣化
定期的にケースを振り返り、困難事例を共有することで、経験知を組織全体に蓄積することができます。これは人材の属人化を防ぐ効果もあります。 -
外部研修・学会参加の推奨
日本在宅医学会など、専門学会や研修会への参加は、スタッフのモチベーション向上にもつながります。学びの機会を経営側が積極的にサポートする姿勢が重要です。
公共性を支えるチーム体制
在宅医療は「公共性の高い社会的サービス」であり、地域にとってなくてはならない存在です。その役割を持続可能にするためには、人材を「消耗品」のように扱うのではなく、地域を支える専門職として大切に育てる視点が求められます。
具体的には、
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多職種チームでの協働:医師、看護師、薬剤師、ケアマネジャーなどが同じ方向を向いて動ける体制づくり
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スタッフのワークライフバランス配慮:シフトや当番制の工夫により、長期的に働ける環境を整備
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地域包括ケアとの接続:クリニックだけでなく地域全体のネットワークの一部として機能する意識
が不可欠です。
院長が取るべきアクション
人材課題は「誰かが解決してくれるもの」ではなく、院長が明確に方向性を示し、仕組みを整える必要があります。
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採用時に「在宅医療の理念」を伝え、共感できる人材を選ぶ
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研修体制を整え、未経験者でも安心して育つ仕組みを用意する
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スタッフが意見を言いやすい風土を醸成し、離職を防ぐ
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外部のリソース(研修会・コンサルタント・アウトソーシング)も柔軟に活用する
まとめ
在宅医療の人材課題は、単なる「人手不足」ではありません。特殊なスキルと心構えを必要とする現場だからこそ、採用・教育・チーム体制のすべてを院長自身が設計しなければなりません。
在宅医療は社会的に不可欠な公共財であり、地域住民の安心を支える基盤です。その役割を持続させるためには、スタッフを単なる労働力としてではなく、社会的使命を共有するパートナーとして育てることが重要です。
「人材を確保し、育てること」こそが、在宅医療を公共性のある持続可能な仕組みとして次世代に引き継いでいくための第一歩と言えるでしょう。