2025.09.17
クリニック奮闘記
Vol.993 在宅医療における持続可能な経営戦略 ~公共性を守りながら未来を拓く~
はじめに
在宅医療は、高齢化社会における医療提供の大きな柱です。病院や外来診療だけでは対応しきれない患者ニーズを地域で受け止め、最期まで生活の場で支えるという点で、社会的使命は極めて大きいといえます。
しかし、在宅医療を担うクリニックの経営は必ずしも安定しているわけではありません。人材確保の難しさ、診療報酬体系の複雑さ、地域連携の課題など、持続可能性を脅かす要素は多岐にわたります。
本稿では、在宅医療に特化したクリニックが 「公共性と経営性を両立させながら持続可能な運営を実現するための戦略」 を整理します。
在宅医療クリニックを取り巻く環境
1. 高齢化の進展
日本の高齢化率はすでに28%を超え、今後も上昇が続きます。在宅医療の需要は今後さらに拡大することが見込まれています。
2. 医療費抑制政策
一方で、診療報酬改定のたびに在宅医療関連の点数は見直しが行われ、加算の要件が厳格化される傾向にあります。経営上の不確実性は高く、単純に「患者数を増やせば安定する」とは言い切れない状況です。
3. 人材不足
在宅医療は医師だけでなく、看護師や事務スタッフの献身的な支えによって成り立ちます。しかし、訪問看護師や経験のある医療事務は慢性的に不足しており、採用・定着は最大の経営課題の一つです。
4. 患者家族との関係性
在宅医療では、患者本人だけでなく、その家族や介護スタッフとの信頼関係が極めて重要です。経営戦略といっても単に数字の話ではなく、こうした信頼を基盤に築かれる「地域での存在感」こそが最も強固な資産となります。
持続可能な経営戦略の柱
1. 経営の安定基盤を整える
在宅医療は診療報酬が複雑であるため、請求の精度が経営の安定に直結します。
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レセプト精度の向上
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算定漏れ防止の仕組み化
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医療と介護の区分管理の徹底
これらを院長自身が最低限理解し、スタッフ教育や外部サポートを導入することが、安定基盤の第一歩です。
2. 人材戦略
持続可能な在宅医療の要は「人」です。
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採用:在宅医療の理念に共感できる人材を採用する
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育成:経験不足のスタッフでも早期に戦力化できる教育体制を整える
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定着:やりがいを感じられる環境、ワークライフバランスを尊重する労働条件を設計する
特に在宅医療は精神的負担が大きい現場でもあるため、院長がスタッフの声に耳を傾けることが欠かせません。
3. 地域連携の強化
在宅医療はクリニック単独では成立しません。訪問看護ステーション、薬局、ケアマネジャー、病院といった地域資源とどれだけ良好な関係を築けるかが、患者満足度と経営安定の双方を左右します。
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定期的な地域連携会議への参加
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他職種間カンファレンスの積極的な開催
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患者・家族からのフィードバックを地域全体で共有する仕組み
地域で信頼を獲得できれば、新規患者の紹介にもつながり、経営面でも持続可能性が高まります。
4. ICTの活用
在宅医療は移動時間が多く、効率性が課題となります。ICTの導入は経営効率化に直結します。
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クラウド型電子カルテでの情報共有
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訪問スケジュール管理アプリ
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遠隔モニタリングやオンライン診療の活用
ICTはスタッフの負担軽減だけでなく、患者家族に対しても安心感を提供する手段となります。
5. 経営指標の可視化
在宅医療は「見えにくい経営」になりがちです。そこで、毎月の経営指標を「見える化」することが重要です。
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患者数・訪問回数・レセプト件数
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診療報酬ごとの割合(在総管・在医総管・加算など)
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スタッフ1人あたりの訪問効率
これらを定期的にモニタリングすることで、感覚に頼らず持続可能な戦略を立てることができます。
公共性を軸とした経営姿勢
在宅医療は、公共性の高い医療サービスです。経営戦略を考える際も、次の視点を忘れてはなりません。
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利益は目的ではなく結果である
提供した医療が社会に必要とされる結果として利益が生じる、という姿勢が求められます。 -
地域に根ざした信頼の蓄積
経営の持続可能性は、地域社会からの信頼なしには成立しません。紹介や口コミが新規患者を生み、信頼が経営基盤を強固にします。 -
透明性の確保
スタッフへの情報共有、患者家族への説明責任、地域住民への開かれた姿勢が、公共性を担保します。
院長に求められるリーダーシップ
持続可能な経営戦略を実行するには、院長のリーダーシップが不可欠です。
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理念の共有:「なぜ在宅医療をやるのか」をスタッフ全員に伝え続ける
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判断力:診療と経営の両面で、迅速かつ的確な意思決定を行う
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柔軟性:制度改定や社会状況の変化に応じて戦略を修正する
リーダーシップは一方的に引っ張るだけではなく、スタッフとともに考え、成長していく姿勢が大切です。
まとめ
在宅医療は、社会から強く求められている一方で、経営的には不確実性が大きく、人材や制度の課題を多く抱えています。
しかし、
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レセプト精度の確保
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人材の採用・育成・定着
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地域連携の強化
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ICTの活用
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経営指標の見える化
といった戦略を組み合わせることで、持続可能な経営は十分に実現可能です。
そして、その根底には 「在宅医療は公共性の高い社会的事業である」 という視点が必要です。利益を追求するのではなく、地域に必要とされる医療を提供し続けることこそが、長期的に安定した経営を生み出します。
在宅医療の未来は、院長の経営判断と地域への姿勢にかかっています。社会の公器としての使命を果たしつつ、持続可能な形で在宅医療を継続することが、これからの医療経営の大きなテーマとなるでしょう。