2025.10.14
クリニック奮闘記
vol.1009 クリニック事業承継における税務面の注意点(出資持分有の医療法人/出資持分なし(拠出型)医療法人/個人診療所の比較)
はじめに:なぜ税務を抑えることが事業承継成功の鍵か
クリニック(医療機関)の事業承継は、単純に「後継者に運営を引き継ぐ」以上の課題を伴います。とりわけ 税務リスク は、承継後のキャッシュフローを圧迫したり、後継者や譲渡側に思わぬ負担を残したりする可能性があります。
そのため、承継時点でどのような法人形態(出資持分有、拠出型、個人診療所等)であるかを踏まえて、税務上の注意点を整理し、事前に対策を講じておくことが不可欠です。
以下では、3つのケース(出資持分あり医療法人・出資持分なし拠出型医療法人・個人診療所)に分けて、承継時・承継後の税務上の注意点と対策を整理します。
① 出資持分有の医療法人の承継・移転
出資持分とは何か?その意味と評価
出資持分とは、医療法人に対する出資者(医師など)が払込んだ出資金に対する権利(持分)を意味します。これは法人の純資産価値に応じて変動する性質を持ち、医療法人の清算価値や解散時価値と連動します。
持分がある医療法人を継承・譲渡する際には、以下のような税務上の論点が出てきます。
(1)譲渡所得課税/譲渡税計算
後継者が持分を取得する際、譲渡側(先代)がその出資持分を譲渡するという形式を取る場合があります。そのとき、譲渡所得として所得税・住民税の課税対象となる可能性があります。譲渡価格と帳簿価額との差額が所得とみなされます。
また、譲渡先(後継者)が法人であったり、他の投資家が絡む形で譲渡が行われたりすると、売買の形式や株式譲渡と類似する構造になる可能性もありますので、類似判例・税務通達を踏まえた慎重な設計が必要です。
(2)相続発生時の持分評価
持分型医療法人の場合、持分は相続財産として評価されます。相続税の対象であり、相続税評価額の算定方法が重要です。特に、医療法人の純資産、将来収益性、割引率、類似業種比準価額方式などを用いて評価されます。
評価額が高くなると、相続税負担が重くなり、後継者が相続税を賄えず経営に支障を来すケースもあります。
(3)持分移動による法人税上の影響
持分譲渡に伴う法人の側面からの影響も無視できません。たとえば、持分譲渡により法人が資産を譲渡した扱いになる可能性、あるいは株主構成の変化に起因する帰属利益、みなし配当課税の類推適用など、法人税上の取り扱いに注意を要します。
(4)事前評価・持分調整、段階的承継の活用
リスクを低く抑えるために、段階的譲渡方式(例えば段階的持分移動、分社化、持分の引き下げ・整理を先行させる方式など)を採用することがあります。これにより、一度に大きな譲渡所得を発生させず、税負担を平準化する戦略が可能です。
また、適正な評価モデルを採用し、外部専門家(税理士、会計士、医療法人コンサルタントなど)と連携して評価とシミュレーションを行うことが望まれます。
② 出資持分なし(拠出型)医療法人の承継・移転
出資持分なし型医療法人(拠出型医療法人)は、理論上「出資持分を持たない」構造で、医師らが出資金相当分を拠出する形をとる法人形態です。拠出型医療法人は、出資持分の返還義務がない点が特徴で、承継時の税務構造が持分型とは異なります。
(1)拠出金返還義務なしの構造と税務上の意味
拠出型医療法人は、出資者に対して拠出金を返還する義務を原則持たず、出資金を単なる拠出金として取り扱います。そのため、後継者への出資持分移動という形を取らないため、持分譲渡所得という概念は適用されないケースが多くなります。
ただし、形式上は出資を拠出しているものの、それを「債権性拠出金」「寄付的拠出金」として取り扱うかどうかの判断が問題となることがあります。
(2)実質的な経営権の移転と所得課税
医療法人の理事長交代、運営権の移譲が行われる際、実質的には「経営権の譲渡」に近い構造を含み得ます。そのような場合、理論的には「営業権譲渡」や「経営権料」などの論点が出てくる可能性があります。ただし、拠出型医療法人の法制度上、持分権利がないため、これをどのように取り扱うかは設計次第です。
税務当局や判例・通達で明確なガイドラインが定められていない部分もあり、慎重な対応が求められます。
(3)法人税・所得税の観点
拠出型医療法人は構造上、出資持分譲渡に伴う所得税課税を回避できる可能性があります。ただし、承継後に法人が過去の利益準備金や繰越欠損金を有していれば、その扱いや損益帰属の点で注意が必要です。
また、理事長や医師が承継に際して受領する対価(手当、役務提供料、贈与など)に対しては、所得税・住民税上の課税関係が問われる可能性があります。
(4)設計上の工夫とリスク回避
拠出型医療法人を承継する際には、以下のような工夫や対策が考えられます。
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役務提供契約・役員報酬調整:承継時に後継者を理事長に就任させる際、適正な役務報酬設定や手当設定を通じて、受領分を税務上妥当とされる範囲とする。
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分割拠出の段階化:一度に全額拠出するのではなく、段階的に拠出・移転を行うことで課税タイミングを分散させる。
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将来リスク留保条項:将来の不測リスク(医師退職、負債発生など)に備えて、承継契約にリスク条項を入れておく。
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外部評価機関との協議:法人価値や将来キャッシュフロー、割引率等の妥当性を担保するため、独立した評価機関や税務専門家の関与を得る。
③ 個人診療所の承継(後継者への譲渡・移転)
個人診療所を事業承継する場合、法人形態ではないため、資産の引継ぎや営業権、在庫・機器・不動産などの移転が中心となります。以下に主な注意点を整理します。
(1)営業権(のれん)・無形資産の取り扱い
後継者が診療所を引き継ぐ際、単に物理資産を引き継ぐだけでなく「患者基盤」「診療ノウハウ」「商号・信頼性」など無形資産(営業権、のれん)も移転対象になります。これを適切に見積もることで、譲渡所得税や贈与税の扱いに影響します。
たとえば、譲渡対価のうち営業権部分を明示しないと、価格が物理資産に偏った評価となり、税務リスクが高まることがあります。
(2)医療機器・設備・内装などの譲渡課税
医療機器、診療用設備、内装工事などは、有形資産として譲渡所得や譲渡収入課税の対象となります。それぞれ減価償却残高・簿価とのギャップを確認し、譲渡対価の配分や課税の方向性を考慮する必要があります。
特に、譲渡価格が市場価格や再調達価格と乖離があれば、税務上否認されうるリスクがあります。
(3)不動産を含むケースの留意点
診療所敷地・建物を所有している場合、これを後継者に譲渡(または賃貸借を継続)するか否かで税務上の扱いが大きく異なります。
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譲渡(売買)する場合:譲渡所得税の対象となり、譲渡益に対して税率が適用される。
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貸付方式を継続する場合:賃貸収益として課税関係が変わる可能性がある。
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贈与方式を使う場合:贈与税の適用を受ける可能性が高くなる。
承継設計段階で、不動産部分と診療所事業部分を分離した設計を行うケースもあります。
(4)在庫・資材・備品の扱い
医薬品在庫、消耗品、備品類などは、引継ぎ価格を適正に設定し、それに対する譲渡所得課税リスクを抑える必要があります。過大な価格設定や過小な価格設定とも税務上の齟齬を招くことがあります。
(5)分割承継・段階引継ぎの活用
個人診療所においても、事業承継を一度に行うと課税負担が急増する恐れがあります。したがって、段階的な譲渡、贈与併用、運営権先行移転、信託スキーム利用などを併用して税務リスクを分散する戦術が考えられます。
重要なポイントとして、「過去の利益準備金」「繰越欠損金」「未収金、未払金」などの引継ぎ対象負債・資産の適正評価・リスク精査はいずれの形態でも共通して不可欠です。承継前にこれらを丁寧に整理し、承継時・承継後に課税当局から問題とされないよう備えることが成功のカギです。
⑤ まとめと、次回以降へのつなぎ
本稿では、出資持分あり医療法人、拠出型医療法人、個人診療所という3形態に分け、承継時および承継後に問題となりうる税務論点を整理しました。各形態にはそれぞれ強み・弱みがあり、承継設計としては「リスクを抑えつつ流動性を確保する」バランスが求められます。