2025.12.10
クリニック奮闘記
Vol.1052 属人化しやすい会計処理と内部統制の脆弱性について
クリニックにおける財務会計の問題点として、しばしば指摘されるのが「属人化」である。多くの診療所では経理担当者が1名のみであり、その人の知識や経験に依存して会計処理が行われている。この構造は短期的には効率的に見えるが、長期的には重大なリスクを孕む。担当者が退職した場合、経理業務が停止するだけでなく、会計処理の精度が損なわれ、経営判断に必要なデータが得られなくなる可能性がある。
属人化の問題は、会計処理だけに留まらない。レセプト業務、在庫管理、給与計算、患者データ管理など、多くの業務が"慣例"や"個人の暗黙知"に支えられている。このような状況では、業務の品質が担当者によって大きく変動し、経営の安定性が損なわれる。内部統制が機能していない環境では、ミスが表面化しにくく、問題が蓄積しやすい。
属人化を解消するためには、まず業務の標準化が必要である。標準化とは、業務の手順や判断基準を明文化し、誰が担当しても同じ品質で業務が遂行できるようにする取り組みである。業務手順書の整備はその代表的手法であり、手順書を定期的に見直し、現場との乖離がないよう改善していくことが重要である。また、業務を細分化し、それぞれの工程を明確にすることで、担当者が変わっても業務が停滞しにくくなる。
業務標準化の効果は、会計処理において特に大きい。仕訳の基準、請求書の処理、経費精算のルール、現金管理の方法などを明確にすることで、会計データの精度が大幅に向上する。会計データは経営判断の基盤であり、データが不正確であれば誤った判断につながる。正確なデータを運用するためには、現場の入力ルールを整備するとともに、定期的にチェックを行う仕組みが不可欠である。
内部統制の観点では、「チェック機能の分離」が重要である。例えば、現金の出納管理と会計処理を同一人物が行っている場合、不正の発生リスクが高まる。小規模クリニックでは完全な分業が難しいが、可能な範囲で業務を分離し、ダブルチェック体制を整備することが求められる。また、外部の専門家による定期的なレビューも内部統制の強化に有効である。
属人化の問題が深刻化しやすい背景には、クリニックの組織構造そのものがある。医師主導で運営されるクリニックでは、経営や会計の専門性が外部化されがちであり、現場スタッフが独自に会計処理を学ばざるを得ないケースが少なくない。また、業務が診療に直結しないという理由で、会計部門への投資が後回しにされる傾向もある。しかし財務会計は経営のインフラであり、軽視すれば長期的なリスクにつながる。
属人化の解消は、一朝一夕には進まない。業務の可視化、標準化、チェック体制の構築、教育体制の整備など、段階的な取り組みが必要である。特に教育は重要であり、スタッフが業務の背景にある「考え方」を理解することで、単なる作業ではなく、意味のある業務として捉えられるようになる。これにより、業務品質が安定し、組織全体の財務リテラシーが向上する。
最終的に、属人化を防ぐために必要なのは「仕組みとして機能する組織」である。個人の能力に依存しない業務設計こそが、クリニック経営の持続性を高め、経営リスクを最小化する基盤となる。財務会計はその中心に位置づけられるべき重要な要素であり、経営者は属人化のリスクを正しく認識し、組織としての整備を進める必要がある。
