2026.01.19
クリニック奮闘記
Vol.1075 災害時に露呈するクリニック業務の脆弱性
医療機関、とりわけ無床・小規模クリニックは、地域医療の最前線として日常的に診療を提供している。その一方で、業務運営の多くは少人数の人的リソースに依存しており、平時には問題とならない構造的脆弱性を内包している。この脆弱性が最も顕在化するのが、大規模災害発生時である。本稿では、1995年の阪神・淡路大震災および2011年の東日本大震災を参照しながら、災害時に明らかとなったクリニック業務の課題を整理し、近年注目されるBPO(Business Process Outsourcing:業務外部委託)をどのように位置づけるべきかについて考察する。
阪神・淡路大震災では、多くの医療機関が建物損壊やライフライン途絶といった物理的被害を受けた。同時に、医師や医療事務スタッフ自身も被災者となり、出勤不能や家族対応に追われる状況が発生した。特に小規模クリニックでは、受付・会計・レセプト請求といった事務業務が特定のスタッフに集中しており、その人物が不在となった瞬間に診療継続が困難になる例が少なくなかった。診療行為そのもの以前に、「運営」が止まるという現象が各地で確認されたのである。
東日本大震災では、津波や原発事故という複合災害により、より広域かつ長期的な影響が生じた。ここで新たに浮き彫りとなったのが、情報・データ管理の問題である。紙カルテや院内サーバーにのみデータを保存していた医療機関では、カルテやレセプト情報の消失・参照不能が発生し、診療再開や診療報酬請求に深刻な支障を来した。一方、院外にデータバックアップを有していたケースでは、比較的早期に事務機能を回復できたことが報告されている。この差は、IT化の有無という単純な問題ではなく、「業務をどこに、どのように依存させていたか」という構造の違いに起因している。
これらの災害事例に共通するのは、平時には効率的と考えられていた業務集約型の運営が、非常時には一転してリスク要因となる点である。医療事務業務を院内で完結させることは、日常的にはコミュニケーション効率や即応性の面で利点がある。しかし、その裏側では「人」「場所」「時間」に強く依存する体制が形成され、代替性や冗長性が確保されにくい。災害時には、この依存構造が連鎖的に破綻する。
BPOは、こうした業務構造を再設計するための一つの手段として位置づけることができる。ただし、BPOを単なるコスト削減策や人手不足対策として捉えると、その本質を見誤ることになる。災害時の教訓から導かれるBPOの意義は、業務を外部に「丸投げ」することではなく、業務拠点や人材を分散させ、継続性を高める点にある。たとえば、レセプト請求や算定チェックといった時間的猶予のある業務を院外に切り出すことで、院内スタッフは患者対応や診療補助に集中できる体制を構築できる。
また、BPOを前提とした業務設計は、BCP(事業継続計画)の観点からも重要である。災害時医療体制の議論では、医薬品供給やトリアージ体制が注目されがちだが、診療報酬請求や行政対応といった「非診療業務」が滞ることも、結果的に医療提供体制を弱体化させる。クリニックBPOは、こうした見えにくい部分の継続性を担保する仕組みとして評価されるべきである。
結論として、阪神・淡路大震災および東日本大震災は、クリニック経営における業務集中リスクと情報管理の重要性を明確に示した。BPOは効率化の手段にとどまらず、災害時における経営レジリエンスを高めるための構造的選択肢である。平時の利便性だけでなく、非常時に「何が止まり、何を止めてはならないのか」を起点に業務を再設計することが、これからのクリニック経営には求められている。
