2026.01.19
クリニック奮闘記
Vol.1076 パンデミックが医療経営に与えた構造的影響
2020年以降に世界的に拡大した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、医療提供体制のみならず、クリニック経営の前提条件そのものを大きく揺るがした。自然災害と異なり、パンデミックは建物や設備を直接破壊するわけではない。しかし、人的資源が長期間にわたり同時多発的に失われるという点において、従来想定されていたBCPとは質的に異なる課題を医療機関に突きつけた。本稿では、COVID-19下で顕在化したクリニック運営上の問題を整理し、BPOの役割を構造的観点から考察する。
パンデミック初期、多くのクリニックでは職員の感染・濃厚接触による出勤停止が相次いだ。医師、看護師、医療事務といった職種を問わず、人員配置が一気に不安定化し、診療制限や臨時休診を余儀なくされた例も少なくない。特に医療事務部門では、レセプト請求や算定確認といった専門性の高い業務が特定のスタッフに依存しているケースが多く、その人物が欠けた場合の代替が困難であった。
さらに、感染拡大防止策として導入された分散勤務や在宅勤務は、医療事務業務のあり方に根本的な再考を迫った。従来、院内で完結することが前提とされていた業務が、物理的に院外へ切り出せるのか、あるいは切り出せないのかという選別が急速に進んだのである。この過程で明らかになったのは、「院内で行ってきたから院内でなければならない」という前提が、必ずしも合理的ではなかったという事実である。
制度面の変化も無視できない。感染症対応に伴う診療報酬の特例算定や頻繁な通知改定は、事務部門に大きな負担を与えた。短期間でのルール変更に対応するためには、最新情報の収集と解釈、算定ロジックへの反映が不可欠であるが、少人数体制のクリニックでは対応が追いつかない場面も多く見られた。結果として、算定漏れや過誤請求のリスクが高まり、経営の不安定化につながった。
このような状況下で、BPOは単なる業務外注ではなく、「人的リスク分散装置」として再評価されるようになった。外部に一定の業務を委ねることは、院内スタッフが減少した際の緩衝材となり、診療継続性を高める効果を持つ。また、複数の専門スタッフによるチェック体制が構築されている場合、制度変更への追随力という点でも優位性がある。
ただし、パンデミックはBPOの万能性を示したわけではない。個人情報保護やセキュリティ確保、院内との情報連携といった課題も同時に浮上した。特に医療情報を扱う以上、委託先の管理体制や責任範囲を明確にせずに外部化を進めることは、新たなリスクを生む可能性がある。重要なのは、どの業務を外部化し、どの業務を内部に残すのかという判断基準を、危機時対応の視点から整理することである。
診療科によっても影響の現れ方は異なった。内科や小児科では感染症対応そのものが診療の中心となり、受付・会計業務の負荷が急増した。一方、皮膚科や整形外科では受診控えによる患者数減少が経営に直結し、固定費構造の見直しが迫られた。いずれの場合においても、事務業務の柔軟性が経営耐性を左右する重要な要素となった。
COVID-19は、クリニック経営において「人がいなくなるリスク」を現実のものとして突きつけた。BPOは効率化策ではなく、人的資源の同時欠損という非常事態に備えるための構造的選択肢である。平時の運営だけでなく、制度変更や感染拡大といった不確実性を前提とした業務設計が、今後の医療経営に求められている。
