2026.02.02
クリニック奮闘記
Vol.1090 経験価値が支える、これからの医療機関経営
情報や知識では差がつかない時代へ
医療機関を取り巻く経営環境は年々厳しさを増しています。診療報酬改定への対応、人材不足、物価上昇への対応など、院長が考えるべき課題は尽きません。その中で、かつて重視されてきた「情報量」や「知識量」は、もはや決定的な差別化要因ではなくなりつつあります。
診療報酬やレセプト算定に関する情報は、WEBや各種ツールを通じて誰でも入手可能です。重要なのは、それらの知識を現場でどう使いこなし、どのような判断を積み重ねてきたかという点です。ここに、これからの医療機関経営を支える重要な視点があります。
事例①:同じ条件でも安定感が違う理由
同じ地域で、同規模・同診療科のクリニックが2院ありました。人員構成も大きく変わらず、導入しているシステムも似通っています。しかし、一方は毎月のレセプトが安定しているのに対し、もう一方は返戻や修正が続き、月ごとの収益にばらつきがありました。
違いはどこにあったのか。詳しく見ていくと、安定しているクリニックでは、過去の返戻や査定を「経験」として蓄積し、院内で共有していました。特定のスタッフだけが把握しているのではなく、判断の背景がチーム内で共有されていたのです。
一方、不安定なクリニックでは、問題が起きるたびに個別対応に終始し、次に活かされることはありませんでした。ここに、経験を資産として扱っているかどうかの差が表れていました。
経験は「人」ではなく「組織」に残せる
経験は個人に紐づくものだと考えられがちです。しかし、経験を言語化し、事例として整理することで、組織に残すことは可能です。これは、これまで述べてきた「経験の見える化」「経験設計」の延長線上にあります。
経験が組織に蓄積されると、担当者が変わっても業務の質が大きく落ちにくくなります。これは、医療機関経営において非常に大きな意味を持ちます。
事例②:担当者交代でも揺れない体制
ある医療機関では、長年レセプトを担当してきたスタッフが退職することになりました。通常であれば、業務の混乱や請求精度の低下が懸念される場面です。しかし、その医療機関では、大きなトラブルは起きませんでした。
理由は、過去の返戻事例や判断基準が整理され、共有されていたからです。新しい担当者は、過去の事例を参照しながら判断することができ、安心して業務を引き継ぐことができました。
このように、経験を組織に残すことは、リスクマネジメントの観点からも重要です。
経験価値は、経営の安定性を高める
レセプト業務における経験の蓄積は、単なる事務効率化にとどまりません。返戻や査定が減少すれば、収益の予測可能性が高まり、経営判断もしやすくなります。
また、経験が共有される環境では、スタッフが自ら考え、改善提案を行うようになります。これは、院長がすべてを指示しなくても組織が回る状態につながります。
な事例③:振り返りが文化になったクリニック
あるクリニックでは、月に一度、レセプト業務の簡単な振り返りを行っています。時間は30分程度で、内容も難しいものではありません。「今月気になったケース」「次に同じ状況があったらどうするか」といった点を共有するだけです。
この取り組みを続けるうちに、スタッフから自然と改善案が出るようになり、業務の質も安定していきました。振り返りが特別なイベントではなく、日常の一部として根づいていったのです。
人が育つ組織は、経営も強い
経験を大切にする組織では、人材が育ちやすくなります。自分の判断が組織の中で活かされる実感は、スタッフのやりがいや定着にもつながります。
人材が定着し、経験が蓄積されることで、医療機関は外部環境の変化にも柔軟に対応できるようになります。これは短期的な成果ではなく、長期的な競争力の源泉です。
経験に目を向けるという選択
これからの医療機関経営において、問われるのは「どれだけ多くの知識を持っているか」ではありません。「どれだけ質の高い経験を積み、それを組織に残しているか」です。
経験を軽視せず、意識的に扱うこと。それが、持続可能な医療機関経営を支える基盤となっていきます。
