Vol.1112 人が辞めるクリニックに共通する組織的問題 ―小規模医療機関における職場環境の構造―

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クリニック奮闘記

2026.03.10

クリニック奮闘記

Vol.1112 人が辞めるクリニックに共通する組織的問題 ―小規模医療機関における職場環境の構造―

前回は、クリニックにおけるスタッフ離職の背景には、単純な労働条件だけでは説明できない要因が存在することを述べた。本稿ではさらに踏み込み、複数の医療機関の事例を通して、人が辞めるクリニックに共通して見られる組織的問題について検討する。

一般にクリニックは小規模な組織であり、院長を中心に数名から十数名程度のスタッフによって運営されている。この規模の組織では、企業のように制度やルールによって業務が管理されているわけではなく、日常の業務は経験や慣習に依存して運営されることが多い。こうした環境では、個々のスタッフの能力や性格が職場の雰囲気に大きな影響を与える。特に長年勤務しているスタッフの存在は、職場の秩序を保つ役割を果たす一方で、場合によっては組織の硬直化を招くこともある。

都市部の整形外科クリニックで起きた事例がある。このクリニックでは理学療法士、看護師、受付事務を含め十数名のスタッフが勤務しており、患者数も多く経営は安定していた。しかし数年前から、若いスタッフが定着しないという問題が生じていた。採用しても一年以内に退職してしまうことが繰り返され、院長は採用そのものが難しくなっているのではないかと考えていた。

ところが、退職したスタッフの話を個別に聞いていくと、共通する背景が浮かび上がってきた。受付業務を長年担当しているベテランスタッフの影響力が非常に強く、新しく入職した職員が職場に適応するまでの過程で強い心理的負担を感じていたのである。具体的には、受付業務の進め方が暗黙のルールによって決められており、それを知らない新人がミスをすると厳しく指摘される状況があった。院長自身は診察室にいる時間が長く、こうした状況を十分に把握していなかった。

このような現象は、クリニックのような小規模組織では決して珍しいものではない。組織の中に強い影響力を持つ人物が存在すると、その人の価値観や行動様式が職場全体の規範として機能するようになる。問題は、その規範が必ずしも組織全体の利益と一致しているとは限らないことである。特に新人教育が特定の個人に依存している場合、その人の指導方法や態度が職場環境を大きく左右することになる。

内科クリニックでも類似した事例が見られる。ある住宅地の内科では、医療事務の退職が続いていた。院長は患者数の増加に伴う業務量の増大を原因と考えていたが、実際には業務分担の不明確さが問題となっていた。受付業務、会計、レセプト作成などの業務が明確に区分されておらず、その日の状況に応じて誰かが対応するという形で運営されていたのである。このような体制は、長年勤務しているスタッフにとっては問題にならない。しかし、新しく入職したスタッフにとっては、自分が何をどこまで担当すればよいのかが分かりにくい。結果として業務の負担が偏り、不満が生じやすくなる。

ある医療事務職員は、退職後に次のように語っている。「忙しいこと自体は問題ではありませんでした。ただ、自分の仕事がどこまでなのかが分からず、常に誰かの仕事を手伝っている感覚がありました。忙しい日ほど、誰も全体を見ていないように感じてしまったのです」。この言葉は、小規模組織における業務管理の難しさを示している。

訪問診療クリニックでは、また別の問題が表面化することがある。訪問診療は医師、看護師、事務スタッフが連携して業務を進める必要があり、情報共有が診療の質に直結する。ある訪問診療クリニックでは、訪問件数が増加するにつれて、スタッフの退職が続くようになった。当初、院長は業務量の増加が原因であると考えていた。しかし実際には、訪問スケジュールの管理が複雑化し、スタッフ間の情報共有が追いつかなくなっていたことが問題であった。

例えば、訪問先の患者の状態や家族の要望が十分に共有されないまま訪問が行われると、現場での対応に混乱が生じる。看護師が予定外の処置を求められることもあり、精神的な負担が増大する。こうした状況が続くと、業務の忙しさ以上に「職場として機能していない」という感覚がスタッフの中に生まれることになる。このクリニックでも、実際に退職した看護師の多くが、業務量よりも情報共有の不足を問題として挙げていた。

これらの事例を総合すると、人が辞めるクリニックにはいくつかの共通する特徴が存在することが分かる。それは必ずしも給与水準や労働時間といった条件面ではなく、組織としての仕組みの問題である。業務分担が曖昧であること、特定のスタッフに権限が集中していること、そして情報共有の仕組みが整っていないことが、職場環境を不安定にする要因となる。

特にクリニックでは、院長が診療に専念するあまり、組織の内部で起きている変化に気づきにくいという側面がある。診療が順調に行われている限り、職場環境に問題があるとは感じにくい。しかし、スタッフの退職が続く場合、その背景には必ず何らかの組織的要因が存在する。離職は突然起こる出来事ではなく、職場の中で徐々に蓄積された問題が表面化した結果であることが多い。

したがって、スタッフの定着を考えるうえでは、個々のスタッフの能力や性格だけに目を向けるのではなく、組織の仕組みそのものを見直す視点が必要となる。クリニックの規模が小さいからこそ、業務の進め方や情報共有の方法を意識的に整備することが、安定した職場環境の形成につながるのである。

次回は、こうした組織的問題の中でも特に影響が大きい要素として、院長のマネジメントが職場環境に与える影響について検討する。診療の現場では、院長の判断や行動が職場の雰囲気を大きく左右することがある。具体的な医療機関の事例を通して、その影響の実態を考察したい。