2026.05.18
クリニック奮闘記
Vol.1163 診療単価改善は「値上げ」ではない ― クリニックが目指すべき収益モデルとは
多くのクリニックが「患者数を増やしているのに利益が残らない」という問題に直面している。
その背景には、診療報酬抑制、人件費高騰、人口減少、採用難など、複数の要因が複雑に絡み合っている。
こうした状況の中で、近年注目されているのが「診療単価改善」という考え方である。
しかし、"単価改善"という言葉に対して、抵抗感を持つ院長も少なくない。
患者負担を増やすことや、単純に自由診療へ誘導することをイメージされやすいためである。しかし、本来の診療単価改善とは、単なる値上げではない。むしろ重要なのは、「自院がどのような収益構造を目指すのか」を再設計することである。
これまで多くのクリニックでは、「患者数を増やすこと」が収益改善の中心戦略となっていた。しかし現在は、スタッフ採用難により、「人を増やせば回せる」という前提自体が崩れつつある。
つまり今後は、"量"だけではなく、"診療価値"をどう高めるかが重要になっている。
神奈川県内のある皮フ科クリニックでは、保険診療中心で一日120名以上を診療していた。しかし、院長は次第に「患者をこなすだけの診療」になっていることへ危機感を抱くようになった。
診察時間は短縮され、スタッフは疲弊し、クレームも増加していた。そこでこのクリニックでは、単純な患者数拡大ではなく、「診療内容の再設計」を行った。
慢性皮膚疾患患者への継続フォロー体制を強化し、生活指導やスキンケア説明などを丁寧に行うようにした結果、患者満足度が向上し、リピート率も改善した。
重要なのは、この変化によって単価を無理に引き上げたわけではなく、「診療価値を高めた」という点である。
また、診療単価改善には「算定精度向上」という視点もある。実際、多くのクリニックでは、忙しさの中で算定漏れや施設基準未活用が発生している。
特に慢性疾患管理や在宅医療、リハビリ、指導管理といった領域では、運用体制次第で収益構造が大きく変わる。
愛知県内のある在宅クリニックでは、単に訪問件数を増やすのではなく、多職種連携や計画的医学管理を強化した。その結果、一件当たり診療価値が改善し、無理な件数拡大を行わなくても収益が安定するようになった。
つまり重要なのは、「何人診るか」だけではなく、「どのような医療を提供するか」である。
また近年は、患者側の価値観も変化している。以前は、「待ってでも有名クリニックへ行く」という患者も多かった。しかし現在は、丁寧な説明を受けられるか、予約が取りやすいか、待ち時間が長すぎないか、スタッフ対応が適切かといった、総合的な患者体験が重視されるようになっている。
そのため、単純な大量診療モデルでは、患者満足維持が難しくなりつつある。
さらに、診療単価改善を考える際には、「自院がどの診療領域へ強みを持つか」を明確化する必要がある。
例えば、地域密着型の慢性疾患管理を重視するのか、専門外来を強化するのか、在宅医療へ注力するのか、あるいは予防医療を中心に据えるのかによって、目指すべき収益構造は大きく異なる。
重要なのは、"画一的な成功モデル"を追わないことである。
現在の医療環境では、全てのクリニックが同じ経営モデルで成功できる時代ではない。人口構造、競合状況、スタッフ体制、院長年齢、診療科特性によって、最適な収益モデルは変わる。
また、「患者数が多いこと」に院長自身が依存してしまうケースも少なくない。待合室が埋まっていると、経営が順調に見える。しかし実際には、利益率が低下し、院長とスタッフだけが疲弊している場合もある。
今後重要なのは、「持続可能な診療密度」を維持できるかである。
そのためには、適切な患者数を維持しながら、適切な診療時間を確保し、無理のない人員配置を行い、診療内容に応じた適切な算定設計を行う必要がある。
診療単価改善とは、単なる数字の話ではない。
「どのような医療を、どのような体制で、どのように地域へ提供するか」という、クリニック経営そのものの再設計なのである。
