Vol.1165 「低単価大量モデル」の限界 ― 高単価少量モデルとの比較から考える、これからのクリニック経営

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クリニック奮闘記

2026.05.18

クリニック奮闘記

Vol.1165 「低単価大量モデル」の限界 ― 高単価少量モデルとの比較から考える、これからのクリニック経営

多くのクリニック経営者が、「患者数依存型経営」の限界を感じ始めている。

これまで日本のクリニック経営では、「できるだけ多くの患者を診ること」が基本戦略となってきた。特に保険診療中心の外来クリニックでは、短時間診療を積み重ねることで売上を形成する、"低単価大量モデル"が主流であった。

しかし現在、このモデルはさまざまな課題を抱えている。

背景には、診療報酬抑制、人件費高騰、人材不足、人口減少、患者ニーズ多様化といった構造変化が存在している。

つまり、「たくさん診れば利益が出る」という時代ではなくなりつつあるのである。

特に問題となるのが、"人材依存性"である。

低単価大量モデルでは、多数の患者対応を支えるために、一定人数以上のスタッフ確保が必要となる。しかし現在は、看護師、医療事務、リハビリスタッフなどの採用が極めて難しくなっている。

その結果、患者数を維持するために既存スタッフへ負荷が集中しやすい。

東京都内のある耳鼻咽喉科クリニックでは、花粉症シーズンに一日200名近い患者を診療していた。売上規模は大きかったが、現場では常に混乱が続いていた。

受付クレーム、長時間待機、電話対応負荷、スタッフ残業などが慢性化し、毎年複数名の離職が発生していた。

さらに、院長自身も疲弊し、「患者を診続けるだけ」の状態となっていた。結果として、高売上にもかかわらず、利益率は低下していた。

これが、低単価大量モデルの典型的な問題である。

一方で近年、一部のクリニックでは、"高単価少量モデル"へ移行する動きも見られるようになっている。

ここでいう高単価とは、単純に自由診療だけを意味するわけではない。むしろ重要なのは、「一人当たり患者へ提供する診療価値を高める」という考え方である。

神奈川県内のある皮フ科クリニックでは、以前は保険診療中心で大量診療を行っていた。しかし院長は、「患者を流すだけの診療になっている」と感じるようになった。

そこで診療予約数を調整し、診察時間を確保した。さらに、慢性皮膚疾患患者への生活指導や継続フォローを強化した結果、患者満足度が向上し、紹介患者も増加した。

重要なのは、このクリニックが単に自由診療比率を上げたわけではないという点である。むしろ、「診療密度」を高めたのである。

また、高単価少量モデルには、スタッフ負荷軽減という側面もある。

患者数が適正化されることで、スタッフは丁寧な患者対応を行いやすくなり、教育時間も確保しやすくなる。さらに、残業削減やクレーム減少にもつながり、組織安定性が高まりやすい。

もちろん、高単価少量モデルにも課題は存在する。

地域特性との適合性や患者層選定、専門性強化などが必要となるため、全てのクリニックが同じ方向へ進めばよいわけではない。

地域によっては、一次医療として大量診療が必要なケースも存在する。

重要なのは、「自院に合った収益構造」を設計することである。

例えば、地域密着型の慢性疾患管理を重視するのか、在宅医療を強化するのか、専門外来を中心に据えるのか、あるいは自由診療を組み合わせるのかによって、最適な経営モデルは変わる。

しかし共通して言えるのは、「患者数だけを追い続ける経営」には限界が見え始めているという点である。

特に今後は、人口減少によって患者市場そのものが縮小していく可能性が高い。その中で重要なのは、「どれだけ多く診るか」ではなく、「どれだけ持続可能な組織を作れるか」である。

また、低単価大量モデルでは、院長自身が"現場依存"になりやすい。

診療に追われ続けることで、経営分析や人材育成、業務改善、将来戦略へ十分な時間を割けなくなる。その結果、短期的売上は維持できても、中長期的には組織疲弊が進行しやすい。

今後のクリニック経営では、「量」だけではなく、「診療価値」「組織安定性」「利益率」「持続可能性」を総合的に考える必要がある。

低単価大量モデルか、高単価少量モデルか。

重要なのは、単純な二択ではない。

自院の地域特性、診療科特性、スタッフ体制、院長自身の価値観を踏まえながら、「どのような医療を、どのような形で提供するのか」を再設計することである。

患者数依存経営からの脱却とは、単なる経営テクニックではない。

クリニックの存在意義そのものを見直す時代へ入っていることを意味しているのである。