Vol.1166 なぜレセプト経験者は育たないのか―クリニックに不足している「教育環境」という視点

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クリニック奮闘記

2026.05.25

クリニック奮闘記

Vol.1166 なぜレセプト経験者は育たないのか―クリニックに不足している「教育環境」という視点

多くのクリニックが医療事務スタッフ不足に悩んでいる。その中でも特に深刻なのが、「レセプト経験者が育たない」という問題である。

求人募集では「レセプト経験者優遇」と記載されることが多い。しかし実際には、その"経験者"そのものが市場に少なくなっている。

背景には単純な人材不足だけではなく、クリニック内部の教育構造の問題が存在している。

特に近年増えているのが、「レセプトを教えられる人がいない」というケースである。

大阪府内のある内科クリニックでは、長年勤務していたベテラン医療事務が退職したことで、院内が混乱した。

それまでレセプト業務は、そのスタッフ一人が実質的に担っていた。査定分析や返戻対応、症状詳記、加算判断など、多くの業務が属人化していたのである。

しかし問題は、そのベテランスタッフが「教える仕組み」を残していなかったことだった。

新人スタッフは受付や会計業務までは担当できるものの、レセプト業務へ踏み込めない。結果として、院長自身がレセプト確認を行わざるを得なくなり、診療以外の負担が急増した。

このようなケースは決して珍しくない。

多くのクリニックでは、日々の診療に追われる中で、「教育」が後回しになりやすい。

特にレセプト業務は、診療理解、保険制度理解、算定知識、医学知識、医師との連携、査定分析、返戻対応など、多面的な能力を必要とする。

つまり、本来は長期的育成が必要な高度専門業務なのである。

しかし現場では、「忙しいから教えられない」という状況が慢性化している。

東京都内のある耳鼻咽喉科クリニックでは、花粉症シーズンになると一日150人以上の患者が来院していた。

受付は常に混雑し、電話対応も絶えない。そのため、ベテラン事務スタッフは「新人へ説明するより、自分でやった方が早い」と考えるようになっていた。

結果として、新人は「受付専門」となり、レセプトへ関与する機会を失っていた。

ここで重要なのは、「教育時間不足」は単なる時間問題ではないという点である。

実際には、"教育を組織的に行う発想そのもの"が不足しているケースが多い。

特に小規模クリニックでは、「現場で見て覚える」「そのうちできるようになる」という暗黙文化が残りやすい。

しかし、現在の医療制度は年々複雑化している。

診療報酬改定は頻繁に行われ、算定ルールも細分化されている。そのため、単純なOJTだけで人材育成することが難しくなっている。

さらに問題なのは、「教える気がない」というケースである。

これは意地悪という意味ではなく、"自分の立場を守ろうとする心理"が背景にあることも少なくない。

長年レセプトを担当してきたスタッフほど、「自分しか分からない」という状態に価値を感じやすい。

つまり、"属人化"が本人の存在価値になっているのである。

そのため、「全部教えると自分の役割がなくなる」という無意識の防衛反応が働く場合もある。

結果として、新人育成は進まない。

また、院長側にも問題があるケースが多い。

「事務の問題だから任せている」「レセプトは事務スタッフがやるもの」という認識では、教育体制は構築されにくい。

しかし実際には、レセプトはクリニック経営そのものと直結している。

算定漏れや返戻増加、査定率悪化、施設基準管理不足などは、全て収益へ影響する。

つまり、レセプト教育不足は単なる事務問題ではなく、"経営問題"なのである。

現在、一部のクリニックでは、定期勉強会やマニュアル整備、ダブルチェック体制、レセプト面談などを導入し、人材育成を仕組み化し始めている。

重要なのは、「優秀な経験者を採用すること」だけではない。

むしろ今後は、「未経験者を育てられる組織」を作れるかどうかが重要になる。

人口減少と採用難が進む2026年以降、レセプト経験者市場はさらに縮小する可能性が高い。

その中では、「経験者を探す」より、「経験者を育てる」という発想への転換が必要になる。

レセプト経験者が育たない問題の本質は、"人材不足"だけではない。

教育環境そのものが存在していないことこそが、最大の問題なのである。