2026.06.02
クリニック奮闘記
Vol.1171 人材不足時代の現実
多くのクリニック経営者が「求人を出しても応募が来ない」という問題に直面している。
これは一時的な景気変動ではない。むしろ、日本社会全体の人口構造変化によって引き起こされている"構造的問題"である。
特にクリニック経営においては、看護師、医療事務、リハビリスタッフなど、現場を支える人材の確保が急速に難しくなっている。
かつては、「給与を上げれば応募が来る」「求人媒体へ掲載すれば採用できる」という時代も存在した。しかし現在は、その常識が通用しなくなりつつある。
背景にあるのは、少子高齢化による生産年齢人口減少である。
厚生労働省の推計でも、今後日本では労働人口そのものが減少していくとされている。その中で、医療・介護分野は慢性的な人材不足業界として位置づけられている。
つまり現在の採用難は、「自院だけの問題」ではない。
市場全体で"働く人そのもの"が減っているのである。
さらに近年は、働き方に対する価値観も大きく変化している。
以前であれば、「安定しているから医療機関で働きたい」と考える人も多かった。しかし現在は、給与だけではなく、人間関係、働きやすさ、心理的安全性、柔軟な勤務体系などが重視されるようになっている。
そのため、「昔ながらのクリニック運営」では、人材が集まりにくくなっている。
大阪府内のある整形外科クリニックでは、数年前までは求人を出せば一定数の応募があった。しかし2025年以降、応募数は急減した。
院長は当初、「景気の問題だろう」と考えていた。しかし実際には、周辺地域そのものが人材不足状態になっていたのである。
さらに、応募があったとしても、「残業は多いか」「休みは取りやすいか」「人間関係はどうか」といった質問が増えていた。
つまり現在の求職者は、「条件」だけではなく、「どのような職場で働くか」を重視しているのである。
また、クリニック業界特有の問題として、"小規模組織であること"も採用へ影響している。
大規模病院と比較すると、クリニックはスタッフ人数が少ない。そのため、人間関係トラブルが起きた際の影響が大きい。
さらに、教育体制やキャリアパスが曖昧なケースも多く、「成長できる職場」と認識されにくい。
特に若い世代は、「学べる環境があるか」を重視する傾向が強い。
そのため、「ただ忙しいだけ」の職場では、人材確保が難しくなっている。
東京都内のある耳鼻咽喉科クリニックでは、採用活動を見直す中で、「求人票の内容」と「実際の職場環境」に大きなズレがあったことへ気付いた。
求人票では「アットホームな職場」と記載していた。しかし実際には、現場は慢性的に忙しく、教育時間も不足していた。
その結果、採用しても早期離職が続いていたのである。
そこで院長は、まず現場環境改善へ着手した。
残業削減、業務分担見直し、教育マニュアル整備などを進めた結果、徐々に定着率が改善し始めた。
重要なのは、「採用テクニック」ではない。
"働き続けられる職場"を作れているかどうかなのである。
また現在は、SNSや口コミサイトの影響も大きくなっている。
以前であれば、求職者は求人票情報しか確認できなかった。しかし現在は、Google口コミやスタッフ口コミサイト、SNSなどを通じて、職場の雰囲気が可視化されやすくなっている。
つまり今後は、「採用活動」と「組織運営」が完全に切り離せない時代へ入っている。
特にクリニック経営では、院長自身のマネジメント姿勢が採用へ大きく影響する。
感情的指導、属人的運営、情報共有不足などがある組織では、採用そのものが難しくなる可能性が高い。
一方で、教育体制や働きやすさ、スタッフ間コミュニケーションが整っているクリニックでは、紹介採用や口コミ採用が増える傾向がある。
つまり現在の採用市場では、「求人広告費」だけで差がつく時代ではなくなっている。
むしろ重要なのは、"選ばれる組織"になれているかどうかである。
2026年以降、人材不足はさらに深刻化する可能性が高い。
その中で重要なのは、「どうやって採用するか」だけではない。
「なぜ自院へ人が来なくなっているのか」を、経営視点で分析することである。
人材確保問題の本質は、単なる採用問題ではない。
クリニックの組織構造そのものが問われる時代へ入っているのである。
