2026.06.02
クリニック奮闘記
Vol.1172 クリニックで離職が繰り返される本当の理由
クリニック経営における人材問題を考える際、多くの院長は「採用」に意識を向けやすい。
しかし2026年現在、より深刻化しているのは、「採用できないこと」だけではない。
本当の問題は、「採用しても定着しない」という点にある。
特に看護師、医療事務、リハビリスタッフなどは慢性的な人材不足状態にあり、一度離職が起きると、現場負担は急速に増加する。その結果、残されたスタッフの疲弊が進み、さらに離職が連鎖するという悪循環へ陥りやすい。
現在、多くのクリニックで起きている人材問題は、「人が足りない」のではなく、「人が定着しない」という構造問題なのである。
では、なぜスタッフは辞めるのか。
この問いに対して、「給与が低いから」という説明だけでは、現在の離職問題を十分説明することはできない。
もちろん待遇は重要である。しかし近年は、それ以上に「働きやすさ」が重視されるようになっている。
特に若い世代ほど、職場選びにおいて、人間関係や心理的安全性、成長実感、院長との距離感、働き方の柔軟性などを重視する傾向が強くなっている。
つまり現在の離職問題は、単なる待遇問題ではなく、"組織文化の問題"へ変化しているのである。
兵庫県内のある皮フ科クリニックでは、数年間にわたり医療事務スタッフの離職が続いていた。
院長は当初、「最近の若い人は我慢しない」と感じていた。しかし退職面談を重ねる中で、ある共通点が見えてきた。
それは、「質問しづらい雰囲気がある」ということだった。
現場は慢性的に忙しく、ベテランスタッフにも余裕がなかった。そのため、新人スタッフは失敗を恐れ、分からないことがあっても相談できなくなっていたのである。
結果として、「この職場では働き続けられない」という感覚が生まれていた。
これは現在、多くのクリニックで共通して起きている問題でもある。
特にクリニックは小規模組織であるため、人間関係の影響が極めて大きい。
病院のように部署異動ができるわけではなく、一度人間関係が悪化すると、逃げ場が少ない。さらに、院長とスタッフの距離が近い分、院長の言動が組織全体へ強く影響する。
例えば、感情的な叱責が日常化していたり、機嫌によって態度が変わったり、説明なく運営方針が変更されたりすると、スタッフ側は徐々に疲弊していく。
特に現在の若い世代は、「多少条件が良くても、精神的に負担が大きい職場では働き続けたくない」と考える傾向が強い。
以前のように、「嫌でも我慢して続ける」という価値観は弱くなっているのである。
東京都内のある耳鼻咽喉科クリニックでは、以前まで院長中心型の運営が行われていた。
全ての判断を院長が行い、スタッフは指示を待つだけという体制だった。その結果、スタッフ側には、「自分たちは単なる作業者でしかない」という空気が広がっていた。
特に中堅スタッフの離職が相次ぎ、院内では常に新人教育が繰り返される状態となっていた。
そこで院長は、定期面談制度を導入し、業務改善提案をスタッフから募るようにした。さらに、診療報酬改定や業務改善会議へスタッフを参加させるようにしたところ、徐々に定着率が改善していった。
重要なのは、「給与を払っているから辞めない」という時代ではなくなっているという点である。
現在は、「自分が尊重されているか」「組織へ参加できているか」が、定着率へ大きく影響する。
また近年は、「忙しすぎる職場」が敬遠される傾向も強くなっている。
以前であれば、「患者数が多い=人気クリニック=良い職場」という認識も存在した。しかし現在は、常に時間へ追われ、昼休みも短く、クレーム対応が多い職場は、長期的に人材が定着しにくくなっている。
特に医療事務スタッフでは、受付対応、電話対応、会計、クレーム処理など、多くの感情労働を担っている。そのため、精神的疲弊が蓄積しやすい。
にもかかわらず、その負担が十分理解されていないケースも少なくない。
その結果、「もう限界です」という形で突然退職が起きるのである。
さらに、教育不足も離職へ大きく影響している。
新人スタッフほど、「成長できない職場」へ不安を感じやすい。
質問しても教えてもらえない。業務が属人化している。評価基準が曖昧である。そのような環境では、「ここにいても将来が見えない」と感じやすくなる。
つまり現在の離職問題は、単なる個人問題ではない。
組織そのものの在り方が問われているのである。
2026年以降、クリニック経営では、「採用できるか」以上に、「辞めない組織を作れるか」が重要になる。
人材不足時代において、本当に強いクリニックとは、人を集められるクリニックではない。
