2026.06.02
クリニック奮闘記
Vol.1175 これからのクリニックは「選ばれる職場」になれるか 人材不足時代に求められる組織づくり
クリニック経営において最も深刻な問題の一つとなっているのが、人材確保である。
しかし、この問題を単純に「採用活動の問題」として捉えてしまうと、本質を見誤る可能性がある。
なぜなら現在の人材不足は、一時的な景気変動ではなく、人口減少と価値観変化によって引き起こされている構造的問題だからである。
つまり今後は、「募集すれば人が来る」という前提そのものが成立しにくくなっていく。
その中で重要になるのが、「選ばれる職場」になれるかどうかである。
これまでのクリニック経営では、患者から選ばれることが最優先課題だった。
もちろん現在でも患者満足度は重要である。しかし今後は、それだけでは経営が成立しにくくなる可能性が高い。
なぜなら、どれだけ患者が来院しても、現場を支えるスタッフがいなければ診療体制そのものが維持できないからである。
実際、現在はスタッフ不足によって診療制限を行うクリニックも増えている。
予約枠縮小や診療時間短縮、新患制限など、人材不足が直接経営へ影響する時代になっているのである。
つまり今後のクリニック経営では、「患者から選ばれること」だけではなく、「働く人から選ばれること」が、存続条件になり始めている。
しかし多くの院長は、まだこの変化へ十分適応できていない。
従来型の医療機関では、「給与を払っている以上、働いて当然」という感覚が残っているケースも少なくない。また、「医療機関なのだから自然に人が集まる」「昔はもっと厳しい環境だった」という価値観も根強く存在している。
しかし現在の若い世代は、単純に条件だけで職場を選んでいるわけではない。
その職場で安心して働き続けられるか、人間関係が健全か、自分が成長できる環境があるか、自分の意見が尊重されるかといった点を重視する傾向が強くなっている。
つまり現在の人材確保では、「待遇」だけではなく、「職場の空気」や「組織文化」そのものが問われているのである。
大阪府内のある在宅クリニックでは、以前まで慢性的な人材不足が続いていた。
特に医療事務スタッフの離職率が高く、採用しても定着しない状態だった。
院長は当初、「在宅医療は忙しいから仕方ない」と考えていた。しかし実際には、問題は業務量だけではなかった。
現場では情報共有不足が起きており、スタッフごとの役割も曖昧になっていた。そのため、スタッフ側には、「自分たちは何のために働いているのか分からない」という空気が広がっていたのである。
そこで院長は、毎朝のミーティング内容を見直し、診療方針や患者背景を共有するようにした。さらに、事務スタッフもカンファレンスへ参加させることで、「チーム医療へ関わっている」という実感を持てるよう改善を進めた。
その結果、徐々に離職率が低下し、スタッフ紹介による応募も増え始めた。
重要なのは、「人を管理すること」ではない。
人が安心して働き続けられる組織を作れるかどうかなのである。
また現在は、院長自身のマネジメント力が、そのまま採用力へ直結する時代になっている。
特にクリニックは小規模組織であるため、院長の価値観や言動が、そのまま職場文化へ反映されやすい。
例えば、感情的な叱責が日常化している職場では、スタッフ側は常に緊張状態になる。一方で、説明責任があり、相談しやすい空気がある職場では、安心感が生まれやすい。
つまり現在の人材確保では、「給与条件」だけではなく、「院長と一緒に働きたいと思えるか」が重要視されるようになっているのである。
さらに今後は、「教育できる組織」であることも極めて重要になる。
人口減少が進む中、完成された経験者だけを採用し続けることは難しくなる可能性が高い。
そのため今後は、「未経験者を育てられるか」が、組織力そのものになっていく。
東京都内のある耳鼻咽喉科クリニックでは、以前まで経験者採用中心の方針を取っていた。
しかし採用市場悪化によって応募が激減したため、未経験者採用へ切り替えざるを得なくなった。
当初は不安もあったが、教育マニュアル整備や定期面談制度導入によって、徐々に人材育成が軌道に乗り始めた。
結果として、「経験者を探し続ける組織」から、「人を育てられる組織」へ変化していったのである。
2026年以降、クリニック経営では、人材問題がさらに深刻化していく可能性が高い。
しかし、その本質は単なる採用問題ではない。
「どのような組織を作るのか」という経営課題なのである。
人材不足時代において、本当に強いクリニックとは、求人広告費を多く使えるクリニックではない。
