2026.06.22
クリニック奮闘記
Vol.1190 院長高齢化と後継者不足、第三者承継という道 ―整形外科クリニックの「次の世代」をどうつなぐか―
医療機関の休廃業や解散が高水準で続く背景には、診療報酬と物価の不均衡だけでなく、経営者の高齢化と後継者不足という構造的な問題が横たわっている。診療所経営者の年齢分布を見ると、七十歳以上が半数を超えるとの調査もあり、後継者の不在は多くのクリニックにとって切実な課題となっている。本稿では、設備投資の負担が重く、後継者の確保が経営の継続性を大きく左右する整形外科を題材に、第三者承継という選択肢について論じたい。
整形外科クリニックは、画像診断機器やリハビリテーション設備といった大型の医療機器を擁し、理学療法士をはじめとする専門スタッフを多く抱える。それゆえに、開業時の投資が大きく、経営の継続性が地域医療に与える影響も小さくない。長年地域に根ざして運動器医療を提供してきた整形外科が、後継者の不在を理由に診療を終えれば、その地域の患者は通い慣れた医療機関を失うことになる。これは患者にとっての損失であると同時に、地域医療の空白を生む問題でもある。
従来、クリニックの承継といえば、子や親族が引き継ぐことが一般的であった。しかし、子が医師の道に進まない、あるいは医師になっても専門が異なり整形外科を継ぐ意思がない、適切な親族の後継者がいないといったケースは、決して珍しくない。こうしたなかで、近年注目されているのが、第三者へのクリニック承継、すなわちM&Aという選択肢である。中小企業の事業承継においてM&Aが広がりを見せるなか、クリニックもその例外ではなくなっている。
ある整形外科クリニックの院長の事例を考えたい。この院長は七十代に入り、自身の体力の衰えを感じる一方で、長年診てきた患者や、ともに働いてきたスタッフのことを思うと、簡単に診療を終える決断ができずにいた。子は別の道に進み、親族にも後継者は見当たらない。診療を続けるにも限界があり、かといって閉院すれば、患者は行き場を失い、スタッフは職を失う。この板挟みのなかで、院長が検討したのが、第三者への承継であった。自院の理念や診療方針を理解し、地域医療を引き継いでくれる医師に経営を託すことで、患者とスタッフを守りながら、自身は次の人生へと移ることができる。第三者承継は、こうした出口を可能にする道なのである。
経営的な観点からは、第三者承継にはいくつかの利点がある。閉院には、廃業手続きや医療機器の処分、不動産の原状回復、従業員への退職金支払いといった、さまざまなコストが伴う。これに対し、事業として承継すれば、長年築いてきた診療の基盤や設備、患者との関係を価値あるものとして引き継いでもらえる可能性がある。患者にとっては通い慣れた医療機関が存続し、スタッフにとっては雇用が守られ、地域にとっては医療の継続が保たれる。承継は、関係するすべての人にとっての利益となりうる。
もっとも、第三者承継は専門的な知識を要する複雑なプロセスである。税務や法務、医療機関特有の許認可、そして何より、承継先との診療理念のすり合わせが欠かせない。安易に進めれば、承継後に診療方針の食い違いが生じ、患者やスタッフが離れてしまうリスクもある。税理士や弁護士、M&Aの専門家といった専門家の助言を得ながら、自院にとって最適な道を慎重に見極めることが求められる。早い段階から承継を視野に入れ、自院の経営状態を健全に保ち、診療の価値を可視化しておくことが、円滑な承継の前提となる。
整形外科クリニックの院長にとって、後継者の問題は、いつか必ず向き合わねばならない課題である。第三者承継は、後継者不在という現実のなかで、患者とスタッフ、そして地域医療を守るための現実的な選択肢のひとつである。重要なのは、追い詰められてから慌てて動くのではなく、心身に余力のあるうちから自院の将来を構想し、選択肢を吟味しておくことである。診療の継続は、目の前の患者を診ることだけでなく、その医療を次の世代へどうつなぐかという、長期の視座を含んでいる。自院が地域に果たしてきた役割を未来へと引き継ぐ備えこそが、これからの整形外科経営に求められる責任なのである。
