2025.04.23
クリニック奮闘記
Vol.887 固定費の増加がクリニック経営に及ぼす影響
医療機関、特に外来診療を主軸とするクリニックは、地域医療の最前線を担い、住民の健康維持・増進に欠かせない存在である。だがその一方で、経営面においては外的要因や制度変更の影響を受けやすく、安定的な経営が求められる。中でも、固定費の増加は収益構造に深刻な影響を与える要素であり、その対応を誤れば、経営の持続可能性を損なう恐れすらある。本稿では、固定費の増加がクリニック経営に与える影響について整理し、その対応策を考察する。
1. 固定費の構成と近年の傾向
医療機関における固定費とは、診療の有無や来院患者数に関わらず発生する費用を指す。主な内訳としては以下のものがある。
-
人件費(常勤スタッフの給与・賞与・社会保険料)
-
賃借料(診療所のテナント費用)
-
減価償却費(医療機器や設備への投資)
-
保守管理費(電子カルテや医療機器の保守契約)
-
光熱費(電気・水道・ガス等)
近年、これらの固定費は複数の要因によって増加傾向にある。まず、最低賃金の引き上げに代表される労働市場の変化により、スタッフの人件費は確実に上昇している。また、看護師や医療事務職員などの人材確保も困難になっており、待遇改善によって採用競争力を高める必要がある。さらに、円安や資材費の高騰、地価の上昇に伴い、テナント料や光熱費も増大している。
. 固定費の増加が与える経営への影響
(1) 収益の圧迫と利益率の低下
クリニックの収益は診療報酬に基づいており、患者一人あたりの単価や来院数に大きく依存している。ところが、診療報酬は年々抑制傾向にあり、単価の上昇は見込めない。一方で固定費は上昇し続けるため、収支のバランスが崩れやすくなる。とりわけ患者数が季節要因や地域競合の影響で減少すると、固定費の存在が利益を一気に圧迫し、最悪の場合は赤字転落に陥ることもある。
(2) キャッシュフローの不安定化
固定費は月々確実に出ていく支出であり、キャッシュフローの安定性に直結する。例えば、月間で1000万円の売上があり、そのうち800万円が固定費である場合、わずかな売上の減少でも資金繰りに窮するリスクが高まる。診療報酬の入金は2か月遅れという構造的な遅延もあり、運転資金が逼迫しやすい点も注意すべきである。
(3) 設備投資や人材投資の抑制
固定費の比率が高まると、経営資源を新たな投資に振り向けにくくなる。たとえば、内装改修や新しい医療機器の導入、マーケティング施策など、将来の収益拡大に寄与する投資が後回しにされがちになる。また、人材育成や教育研修への投資も削減され、長期的にはサービスの質低下を招く恐れがある。
. 固定費の増加要因の具体例とその背景
(1) 人件費の上昇
日本の労働人口の減少に伴い、特に医療系職種の採用難は深刻化している。看護師、医療事務スタッフ、放射線技師などの人材を確保するには、都市部でも地方でも賃金の上昇を避けられない。また、働き方改革による勤務環境の整備や、福利厚生の充実も求められており、それらはすべて固定費として跳ね返ってくる。
(2) 賃料の上昇と再契約条件の悪化
都市部では特に、クリニック向けの物件の供給が限られており、地価の上昇に伴い賃料も高騰している。また、契約更新時に保証金の積み増しや、契約条件の変更(共益費の増額等)を求められるケースも多く、実質的な固定費の増加となる。
(3) 電子カルテ・ITインフラの維持費
IT化が進んだことにより、電子カルテや予約システム、Web問診などの導入が進んだが、それらの保守管理費やクラウド利用料、サポート費用は固定費化している。加えて、情報セキュリティ対策への投資も欠かせず、無視できないコスト要因となっている。
4. 固定費増加への対応策
(1) 変動費化への工夫
一部の業務を外部委託することで、完全な固定費から準変動費化する試みが注目されている。たとえば、医療事務業務の一部をアウトソーシングしたり、在宅診療の運転業務を代行業者に委託することで、必要に応じた支出に切り替えることができる。
(2) 生産性の向上
限られたリソースで最大限の診療報酬を得るには、生産性向上が不可欠である。具体的には、予約システムの最適化、診療フローの見直し、スタッフのタスクシェアによる業務効率化が挙げられる。診療単価の高い自由診療の導入も一つの選択肢となる。
(3) 資金繰り対策
資金繰りの安定のためには、一定の運転資金の確保が重要である。診療報酬債権の早期資金化(ファクタリング)の利用や、金融機関との良好な関係構築により、短期的な資金調達の選択肢を増やすことが求められる。
(4) 固定費の棚卸しと見直し
毎年のように更新される契約類(システム保守、リース契約、清掃業務など)については定期的な見直しが必要である。利用頻度や効果を検証し、必要な部分は交渉・再契約・代替業者の検討を通じて適正化を図ることができる。
おわりに
固定費の増加は、クリニック経営にとって無視できないリスク要因である。だが、それは必ずしも悲観的に捉えるべきものではない。固定費の性質を理解し、経営資源の最適配分と業務の効率化を図ることで、持続可能で強い経営基盤を構築することが可能である。特に今後、人口構造や地域ニーズの変化が進む中で、「変化への柔軟な対応力」が求められており、それが固定費マネジメントの巧拙にもつながるだろう。クリニックの経営者は、数字の裏にある構造を読み解き、長期的な視点で舵取りを行う必要がある。