Vol.927 比較の罠と、ベンチマークの本質(とある院長の悩み)

レセプト代行サービス メディカルタクト
TEL:06-4977-0265
お問い合わせ
backnumber

クリニック奮闘記

2025.06.16

クリニック奮闘記

Vol.927 比較の罠と、ベンチマークの本質(とある院長の悩み)

1.他院が気になる

「先生、○○皮膚科さん、また広告出してますよ。しかも駅前の大きな看板ですって」

受付スタッフの言葉に、羽田クリニックの院長・羽田翔太は小さくうなずいた。最近、周囲のクリニックがどんどん新しい取り組みをしているのが気になって仕方がない。

「SNSも毎日更新してるし、美容の自費メニューも増えてるらしいですよ。うちもやらないと置いていかれるんじゃ...」

スタッフの心配ももっともだが、それ以上に羽田の胸をざわつかせるのは「自分のクリニックだけが取り残されているような焦り」だった。

診療後、羽田は自室でPCを開いた。医療系ポータルサイトで検索すると、競合クリニックの評判、Googleの口コミ、ホームページの洗練度、すべてが自院より上に見えた。

「どうして、あのクリニックはうまくいってるんだろう...」

そうつぶやいた時だった。机の上に置いてあった1枚の名刺が目に入った。

中村 隆一/医療経営コンサルタント

数ヶ月前の医師会の勉強会で名刺交換した男だ。「今こそ、プロの意見を聞く時かもしれない」と羽田は思った。


2.ベンチマークの目的を知る

翌週、羽田クリニックに中村が訪れた。グレーのジャケットを着た穏やかな男は、名刺交換の時と変わらぬ落ち着いた笑顔で挨拶した。

「実は、他院が気になってしまって...正直、焦ってるんです」

羽田の率直な言葉に、中村はうなずいた。

「それは、院長として自然なことです。でも、"焦り"からくるベンチマークは、たいてい間違った方向に行きます」

「間違った方向?」

「はい。他院と自院を比較して落ち込んだり、見た目だけ真似たりするのは"比較"であって、"ベンチマーク"ではありません。正しいベンチマークには目的仮説が必要です」

中村はそう言うと、ノートを取り出して書き始めた。


3.ベンチマークの3ステップ

「ベンチマークのステップは大きく3つあります」

①目的の明確化

「まず、"何を改善したいのか"を明確にすることです。集患か、患者満足度か、収益性か。それによって見るべき他院も、比較の仕方も変わります」

羽田ははっとした。自分は「なんとなく不安」で周囲を見ていたが、「何を良くしたいか」は考えていなかった。

②指標の選定

「次に、数値で比較できる"指標"を選びます。たとえば"1日あたりの新患数"、"美容の自費比率"、"平均単価"、"リピート率"など。指標が曖昧だと、評価も曖昧になります」

中村は続けた。

「たとえば、美容メニューを増やしたいなら、"導入から3ヶ月以内でどれだけ収益が上がったか"など、具体的に見るべきです。単に"やっているから"ではダメです」

③仮説と検証

「最後に、"なぜこのクリニックは成功しているのか"という仮説を立て、自院と照らし合わせて検証することです。『あそこはSNSの発信力が強い』→『うちも始めよう』ではなく、『なぜSNSが効いているのか』『うちでも再現できるのか』まで考えることが必要です」

羽田は静かにうなずいた。

「つまり、"目的"と"数字"と"理由"を揃えて初めて、ベンチマークになるんですね」

「そうです。焦って真似るだけでは、逆効果です。スタッフも疲弊しますよ」


4.自院の強みを再確認する

中村のアドバイスで、羽田は自院のデータを整理し始めた。

・月間患者数の推移
・新患と再診の比率
・自費診療の収益
・予約キャンセル率
・口コミ評価と内容

整理していくと、ある事実に気づいた。

「うちは、初診患者の口コミ評価が高い..."説明が丁寧だった"っていう声が多いな」

羽田はそれを中村に伝えた。

「それは大きな強みですよ。今後は"丁寧な説明による信頼感"を軸に、差別化する戦略が立てられます」

「たとえば?」

「問診の工夫、患者向け資料の充実、Web予約時の注意点表示、あとは口コミ投稿の誘導など。広告ではなく、信頼構築型の集患戦略です」

羽田の頭に、新たな地図が描かれ始めていた。


5.競争ではなく選択肢へ

数か月後。羽田クリニックでは、患者説明用のリーフレットを新たに作成し、説明時間を確保する予約枠も設けた。SNSは無理に毎日更新せず、月に2回、医療情報と診療への想いを丁寧に発信することにした。

そして、待合室には患者アンケートの集計結果が掲示され、口コミには「前より説明がわかりやすくなった」と書かれるようになった。

「先生、最近"説明が丁寧"っていう口コミ、増えてますね」

スタッフの声に、羽田は穏やかに笑った。

「うん。他院に追いつくことより、"うちができることを伸ばす"って方向に舵を切ってよかったよ」

焦りは消えたわけではない。しかし、今は「比較するため」ではなく、「成長するため」に他院を見るようになった。

中村との再面談のとき、羽田はこう言った。

「ベンチマークって、戦うための道具じゃないんですね。自分の価値を知って、それを磨くための地図だったんだと思います」

中村は静かにうなずいた。

「比較は心を曇らせますが、ベンチマークは視界を晴らします。自分の道を、自分の足で歩けるようになるためのものなんです」

羽田は頷いた。その言葉が、何よりの指針になった。


〈まとめ〉ベンチマークの正しい手順

  1. 目的を明確にする(例:集患強化、単価UP)

  2. 比較する指標を数値化する(例:再診率、自費比率)

  3. 他院の成功要因を仮説として分析する(例:スタッフ教育・導線設計など)

  4. 自院の現状と照らし合わせ、再現可能性を検討する

  5. 施策を実行し、効果検証→必要に応じて修正


あとがき

他院との比較に一喜一憂するのは、多くの院長が経験する「通過点」です。しかし、経営の本質は他人との競争ではなく、「自院の価値をいかに高めていくか」にあります。

焦る必要はありません。大切なのは、「正しく比べて、正しく進む」ことです。羽田院長のように、比較をベンチマークに変える力が、未来のクリニック経営を支えるのです。