Vol.938 「人は使うな、人を活かせ」―院長が知るべき"人の用い方"の基本

レセプト代行サービス メディカルタクト
TEL:06-4977-0265
お問い合わせ
backnumber

クリニック奮闘記

2025.07.08

クリニック奮闘記

Vol.938 「人は使うな、人を活かせ」―院長が知るべき"人の用い方"の基本

■ はじめに ― スタッフが動かないのは誰の責任か?

「最近のスタッフは指示がなければ動かない」「もっと主体性を持って働いてほしい」----
こうした声を、私たちは日々クリニックの院長先生から伺います。医療事務スタッフも、看護師も、受付も、仕事そのものは回していても、どこか"言われたことだけ"にとどまっている。そのように感じる場面は少なくありません。

しかしその背景には、実は**「院長自身の人材観」が影響している**ことに気づいている方は、案外少ないのではないでしょうか。

人材育成の古典とも言える井原隆一氏の著書『人の用い方』では、こう述べられています。

「人を使おうとするな。人を活かせ」

この言葉こそ、スタッフマネジメントに悩むすべてのクリニック経営者にとって、原点に立ち返るべき指針となります。


■ クリニックは"少数精鋭"の集団である

クリニック経営の最大の特徴の一つは、少人数で運営されることです。医師1名、看護師2名、医療事務2~3名という構成は、ごく一般的です。この規模では、1人のパフォーマンスが全体の運営に与える影響が非常に大きいという特徴があります。

にもかかわらず、現場では次のような状態に陥りやすいのです。

  • 事務スタッフが辞めるたびに業務が回らなくなる

  • 院長自身が細かな指示を出さなければならない

  • 教育体制が整わず、新人がなかなか育たない

こうした問題の根底には、「スタッフを"使う存在"と見なす意識」があります。つまり、「誰かに教えれば誰でもできる」「この作業は代替可能だ」といった**"コストとしての人材観"**です。

しかし井原氏の言うように、人は使われるために働いているのではありません。自らの能力を活かし、価値ある存在として貢献したいという思いを持っているのです。

■ 「人を使う」院長 vs 「人を活かす」院長

ここで、「人を使う院長」と「人を活かす院長」の違いを比較してみましょう。

観点人を使う院長人を活かす院長
指示 細かく出し、自分の思い通りに動かす 目的を共有し、自発性に委ねる
評価 結果重視。できる・できないで判断 プロセスや工夫にも目を向ける
信頼 ミスや失敗に厳しく、責任追及型 ミスを学びと捉え、支援型
育成 教える/指示するが中心 育つ環境・機会を整える

これらの違いは、日々の関わり方や声かけ、フィードバックの仕方に如実に現れます。

■ 「主体性のないスタッフ」は、育てられないのではなく"育たない環境"にいる

スタッフが指示待ちになるのは、"自主性がないから"ではありません。実は自主性を発揮できる環境がない、または許されない空気があることが大きな要因なのです。

たとえば、こんな事例があります。

ある皮膚科クリニックで、20代の医療事務スタッフが「予約の電話応対がどうしても重なってしまう」と悩んでいました。先輩は「仕方ないよ」と言い、院長は「もっと手早く処理して」と言うばかり。彼女は思い切って、ピーク時間帯に"受付だけのスタッフ"を配置する案を提案しましたが、「そんなの無理に決まってるよ」と一蹴されました。

その後、彼女は数か月で退職しました。

問題は、**「その提案に価値があるかどうか」ではなく、「提案できること自体を肯定できる風土かどうか」**です。

井原氏は「人は信じられて初めて力を発揮する」と言います。クリニックに必要なのは、「提案してもムダだ」というあきらめを生まない文化です。


■ 院長の「目線」が変われば、クリニックの空気は変わる

では、どうすれば"人を活かす"マネジメントができるのでしょうか?

まずは、次の3つの視点を持つことから始めてみてください。

1.【強みに目を向ける】

「できないこと」に注目するより、「この人の得意なところはどこか?」に意識を向ける。受付対応がうまい人、記録が丁寧な人、笑顔で患者に接するのが得意な人など、どんな小さな強みでも構いません。

2.【任せてみる】

完璧な結果を期待せず、「7割でもいいから任せてみる」。スタッフは信じられることで、自ら動くようになります。

3.【振り返る機会をつくる】

毎日のルーチン業務の中に、「なぜこうしたのか?」「どんな工夫をしたのか?」を語る場をつくることで、気づきと改善が生まれます。


■ スタッフが"辞めない組織"は、自己効力感が高い

スタッフがクリニックを辞める理由の上位は、必ずしも給与や勤務時間ではありません。多くの場合、次のような「感情的な理由」が挙げられます。

  • 自分が必要とされていない気がする

  • どれだけ頑張っても評価されない

  • 単純作業ばかりで成長できない

  • 意見を言っても聞いてもらえない

これらはすべて、「自己効力感」が満たされていない状態です。

井原氏はこう語ります。

「人は"活かされている"と感じたとき、最も力を発揮する」

この感覚こそ、現代のクリニック経営において最も大切な組織力の源泉です。


■ おわりに ― スタッフを信じることが、経営の第一歩

これからのクリニック経営に必要なのは、"人をコストとして管理する"視点ではなく、"人の可能性を信じて任せる"視点です。

「使えないスタッフをどうするか」ではなく、「どうすればその人が活きるか」を考える。
「教えて育てる」ではなく、「育つ場を整える」ことに注力する。

井原隆一氏の『人の用い方』は、単なる人事論ではなく、人を通じて組織の未来を描く経営哲学です。

先生方のクリニックでも、今日から「人を活かす経営」を始めてみませんか。