2025.07.08
クリニック奮闘記
Vol.939 「一芸に秀でた者を活かす」―レセプト担当者の強みを伸ばす人材戦略
■ 専門性のあるスタッフを"孤立"させていませんか?
「レセプト業務は●●さんしかできないから...」
「●●さんが辞めたら、請求が回らない...」
このような声を、私たちはクリニックの現場で頻繁に耳にします。多くの医療機関で、レセプト業務が属人化しているのが実情です。
しかし、それ自体が悪なのでしょうか?
井原隆一氏の『人の用い方』では、こんな視点が提示されています。
「すべてが平均的な人材を求めるのではなく、一芸に秀でた者を活かせ」
つまり、「何でもできる人」を理想とするのではなく、専門性を活かして活躍できる環境こそが、組織力を高めるという考え方です。
とくに「レセプト業務」という医療事務の中核的な業務においては、この考え方が重要になります。
■ 「なんでも屋」か「プロフェッショナル」か――医療事務の役割再定義
クリニックにおいて、医療事務スタッフはしばしば"何でも屋"になりがちです。受付、電話対応、会計、カルテ管理、書類作成、さらには在庫管理まで。そのなかで、「レセプト業務」は本来、専門性が最も求められる領域にもかかわらず、他業務の一部として"ついで"に任されることも少なくありません。
これは明確なリスクです。
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レセプトに関するルールは、毎年改定がある
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誤請求や返戻は、収入に直結する
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点検や再確認のプロセスには、高度な集中力が必要
これほどの重要性を持つにもかかわらず、「できる人に任せておけば大丈夫」と属人化させてしまうのは、組織として極めて不安定な状態です。
ではどうすればよいのか。
そのヒントが、井原氏の示す「一芸主義」にあります。
■ 「できる人に任せる」ことと「一人に背負わせる」ことは違う
たとえば、レセプトに詳しいスタッフが1人いるとしましょう。彼女が正確で、請求内容もほとんどミスがない。しかし、周囲の誰も中身を理解しておらず、仮に本人が退職すれば、途端に業務が止まってしまう。
これがいわゆる「属人化」です。
この状況に陥ってしまう理由の多くは、院長が「一芸に秀でた人材」を**"他の人と同じように扱おうとする"**ことにあります。
しかし、井原氏はこう述べています。
「人の秀でたところを見抜き、それを活かして配置するのが"人を用いる力"である」
つまり、「あの人はレセプトが得意」と分かった時点で、その力をさらに伸ばすような支援・育成・仕組みづくりが求められるのです。
■ レセプト担当者の能力を"組織の力"に変える3つの視点
では、レセプトが得意なスタッフを"個人の力"で終わらせず、"組織の力"に変えるためにはどうすればよいのでしょうか。以下の3点がポイントになります。
【1】専門性を「価値」として認める
まず必要なのは、「レセプト業務に強いこと」は特別な価値であるとスタッフ本人にも、組織全体にも認識してもらうことです。
たとえば...
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院長が定期的に「レセプトの見直し助かった」と直接言う
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「今月は返戻ゼロでした」などの成果をチームに共有
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勉強会やマニュアル作成を依頼し、役割に誇りを持たせる
このような日常的なコミュニケーションが、**「私はこのクリニックにとって必要な存在だ」**という自己効力感を育みます。
【2】知識やノウハウを形式知化する
次に必要なのは、個人が持つスキルを"見える化"する仕組みです。
レセプト業務は感覚的・経験的な要素も多いため、「人に教える」ことが難しいと感じるスタッフも少なくありません。だからこそ、マニュアル化やQ&A集、定例ミーティングでの共有を通じて、「個人の技」を「組織の資産」に変える必要があります。
具体例:
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「レセプト返戻事例集」をつくって共有
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「月末・月初のチェックリスト」を標準化
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新人向けの"ミニ講座"を先輩スタッフが実施
このような取り組みは、「知っている人が教える」ことで、その人自身の専門性への再確認にもつながります。
【3】アウトソーシングも活用し、人的リスクを回避
最後に、どうしても属人化から抜け出せない場合は、レセプト業務の一部を外部に委託するという選択肢も検討すべきです。
とくに以下のようなケースでは、アウトソーシングが効果を発揮します。
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経験者が1人しかおらず、他のスタッフがレセプトに携われない
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退職や急病などでレセプト請求が止まるリスクがある
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院長が業務の質を把握できず、チェック体制が整っていない
信頼できるレセプト請求代行会社を活用することで、スタッフの業務負担を軽減し、内部教育に集中できる環境が整います。
当社でも、多くの医療機関から「人的リスクを減らす仕組みとして非常に助かった」という声をいただいています。
■ 「その人の得意」を中心に組織を組み立てる発想を
多くの院長先生が、「バランスの取れたスタッフがほしい」と言われます。しかし、井原隆一氏は『人の用い方』でこう述べています。
「人には必ず光るところがある。それを見抜く力が上に立つ者には必要だ」
完璧なスタッフを求めるのではなく、一人ひとりの得意分野を引き出し、そこを起点に組織を整えることこそ、クリニック経営の本質ではないでしょうか。
■ おわりに ―「レセプトができる人」を"孤独にしない"仕組みを
「専門性」は尊いものです。しかし、それが個人に閉じられ、プレッシャーだけがのしかかってしまえば、いずれそのスタッフは疲弊し、退職してしまうかもしれません。
井原隆一氏の言葉に立ち返れば、人は**「使うもの」ではなく「活かすべき存在」**です。レセプトができる人を、孤立させることなく、その強みを組織全体の力へと変えていくことが、院長に求められる"人の用い方"の真髄です。