Vol.940 「人は育てずとも、育つ場を整えよ」―スタッフの成長を支援する職場環境とは

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クリニック奮闘記

2025.07.08

クリニック奮闘記

Vol.940 「人は育てずとも、育つ場を整えよ」―スタッフの成長を支援する職場環境とは

■ なぜ「育てているのに育たない」のか?

「新人に丁寧に教えても、なかなか育たない」
「中堅スタッフが後輩に教えようとしない」
「マニュアルを作っても読まれない」

多くのクリニックの院長先生が、人材育成に関してこのような悩みを抱えています。実際、医療現場はルールも多く、正確性が求められるため、"教え方"が非常に難しい職場です。

けれども、井原隆一氏は『人の用い方』でこう語ります。

「人は教えて育てるのではない。育つ環境さえ整えば、自然と育つものだ」

この言葉には、「教える」ことに過度に頼りすぎる育成の限界、そして「環境整備」の重要性が凝縮されています。
人は"教え込まれて"伸びるのではなく、試行錯誤し、失敗し、挑戦する機会があるからこそ、成長するのです。


■ 「育成=指導」ではない。まずは"土壌"を整えよ

そもそも"人が育つ"というのはどういうことなのでしょうか。

「できないことが、できるようになる」
「他者への配慮や主体性が身につく」
「チームの中で自律的に動けるようになる」

このような変化を促すには、スキルを教えることよりも、次の3つの"環境要素"が整っているかが鍵となります。


1. 安心して発言・質問できる空気があるか(心理的安全性)

どれだけマニュアルが整っていても、分からないことを「分からない」と言えない空気では、スタッフは育ちません。

たとえば...

  • 質問をしたときに「前も言ったよね」と返される

  • 教えた側がイライラを隠せない

  • 新人が提案しても否定される雰囲気がある

これらはすべて、「ミスは許されない」「自分の意見は歓迎されない」という空気をつくり、人を"委縮させる環境"になってしまいます。

井原氏は、「人が伸びるのは、"受け入れられている"と感じたときだ」とも述べています。
人は信頼されることで、自分の力を出そうとするのです。


2. 成長の"余白"がある仕事の割り振りになっているか

新人にありがちなのが、「任せられる仕事が限られている」→「責任が持てない」→「やりがいを感じられない」→「辞める」という悪循環。

ここでも「育てる」意識ではなく、「育つ余白を与える」意識が大切です。

  • 一部でもレセプト点検を任せてみる

  • 慣れてきたら、在庫管理や発注を任せてみる

  • 「あなたに任せるよ」と明確に伝える

任せることで初めて、自分で考え、試行錯誤し、工夫が生まれます。

井原氏の考えでは、「人が持つ力は、使われたときに初めて顕在化する」
その力を引き出すには、責任と裁量を適切に与える"設計"が求められるのです。


3. 失敗を"学び"に変えられる仕組みがあるか

育成の場において、最も重要なのは「失敗してもいい」という前提です。
失敗を責める文化では、誰も新しいことに挑戦しようとはしません。

だからこそ、「失敗から学ぶ」機会を設計しなければなりません。

  • ミスが起きたら、怒るのではなく「なぜそうなったか?」を一緒に検証

  • 月1回、業務改善ミーティングを設けて「成功事例」「失敗事例」を共有

  • 「再発防止策を一緒に考える」ことを習慣化

これらはすべて、スタッフが"成長の材料"としてミスを受け止める素地をつくります。


■ 教え上手なスタッフより、「見守り上手」なスタッフを育てる

よく「教えられる人がいない」と嘆く院長先生もいらっしゃいます。
たしかに、体系的に教えられる人材がいれば理想的です。

しかし、実際のクリニックでは...

  • ベテランスタッフが自分のやり方に固執して教えない

  • 忙しさから「ついでに教える」が習慣化してしまっている

  • 教えたのにうまく伝わらず、お互いにフラストレーションがたまる

こういった状況を打開するには、「教える人をつくる」のではなく、「育つ環境をつくる」ことに軸足を移すべきです。

具体的には...

  • ベテランが"答えを教える"のではなく、"考え方や判断の仕方"を言語化する

  • 新人に「これは何のための業務か」を常にセットで説明する

  • 難しい業務は分割して任せ、徐々に範囲を広げていく

これにより、"教える"ことへのプレッシャーを取り除き、スタッフ全員が"育つ場をつくる当事者"になることが可能になります。


■ ケーススタディ:ある皮膚科クリニックの「育つ場づくり」

ある関西の皮膚科クリニックでは、レセプト業務の属人化が進み、新人スタッフが定着しないという問題を抱えていました。

そのクリニックが取り組んだのは以下のような仕組みです。

  • 月1回の「業務改善会議」でスタッフからの提案を集め、院長が即日判断

  • 「わからないこと共有ノート」を設置し、質問をチームで可視化

  • レセプト業務を5つのステップに分解し、段階ごとにOJT担当を変更

これにより、入職6か月以内の離職率はゼロに。
さらに、業務フローが共有されたことで、1名休職しても業務が滞らない組織体制ができあがりました。

ポイントは、「一部の優秀なスタッフに任せる」のではなく、「育つ仕組みを全体でつくる」意識の転換です。


■ 「育てよう」とするほど、育たない paradox(逆説)

人材育成における最大のジレンマは、「育てようと力むほど、人は育たない」ことです。
院長の想いが強すぎると、相手は"受け身"になり、かえって成長の芽が摘まれてしまいます。

だからこそ大切なのは、**"育てる"ことではなく"育つ条件を整える"**という、視点のシフトです。

井原隆一氏の名言に、次のような言葉があります。

「教えることでしか育たぬ者もいれば、教えぬことでこそ育つ者もいる」

クリニックという多様な人材が集まる職場において、この言葉の重みは計り知れません。


■ おわりに ― 院長の"育成力"とは、育成しない力である

人が育つのは、教えられたからではありません。
「自分で考える時間がある」
「相談できる空気がある」
「失敗しても許される」
そんな"土壌"があってこそ、スタッフは勝手に育ちます。

「どう教えるか」に悩む前に、「育つ環境になっているか」を見直してみてください。
それこそが、院長に求められる"育成力"の本質であり、『人の用い方』が伝えたかった核心です。