2025.07.08
クリニック奮闘記
Vol.941 「凡人を用いるは、将の器なり」―できるスタッフがいないと悩む前に読むべき話
■ 「優秀なスタッフがいない」と嘆く前に
「できるスタッフがいなくて困っている」
「自分がやったほうが早いと感じてしまう」
「どうしても人に任せられない」
これは、開業医の先生方から最もよく聞く悩みの一つです。限られた人数で運営されるクリニックでは、一人でも"使える人材"がいるかどうかが、日々の業務効率やストレスに直結します。
ですが、それと同時に次のようなジレンマも起こります。
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任せられない → 仕事が集中する → 院長が疲弊する
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任せたが期待外れ → 教える気力をなくす
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ベテランが辞めた途端、現場が回らなくなる
こうして院長の負担が積み重なり、「人材の悩み」は慢性的な経営課題となっていきます。
しかし井原隆一氏の著書『人の用い方』は、この問題に対して明確な視点を与えてくれます。
「人を用いるにあたって、才人・逸材を求める必要はない。凡人を活かせる者こそ、真のリーダーである」
まさに、"凡人を活かす"ことこそ、院長の経営者としての腕の見せどころなのです。
■ 「デキる人」を求めすぎる組織は、弱い
一見、何でもこなせるスタッフがいれば、組織運営はスムーズに見えます。
しかし現実は、「できる人に頼りすぎる組織」は脆いということです。
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一人が体調を崩せば、業務が止まる
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教える側が「できない人」に苛立つ
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スタッフ間に能力差があることで、チームワークが崩れる
つまり、能力の高い人を揃えるよりも、「普通の人」が安心して力を発揮できる環境づくりのほうが、組織として持続可能なのです。
特にクリニックは少人数組織であり、「突出した人材の能力」よりも「全員が最低限動ける」状態の方が、日々の運営において圧倒的に安定します。
■ 凡人を活かすには、"役割設計"がカギになる
では、実際に「特別なスキルがないスタッフ」をどう活かしていくか。
井原氏はこう語ります。
「人にはそれぞれ違った器がある。その器に合った場所に置けば、必ず光る」
この言葉のとおり、「活かす」とは、配置と役割の設計であるといっても過言ではありません。
以下は、クリニックで実際に効果のあった凡人活用の実践例です。
【事例1】「気が利かない事務員」に"朝の準備係"を任せた
受付業務ではミスが多く、指摘を受けることも多かった50代の女性スタッフ。しかし「誰よりも早く出勤し、掃除や在庫の補充を毎日きちんとやっている」ことに注目した院長が、「朝の準備チェックリスト」を作成し、その管理を完全に任せました。
→ 他のスタッフも頼るようになり、自信と責任感が芽生えたことで、接遇面も改善。本人の笑顔も増え、離職せず継続勤務中。
【事例2】「スピードが遅い看護師」に"患者対応担当"を任せた
手技がやや遅く、処置補助ではチームの足を引っ張っていたスタッフ。しかし、患者さんの話をじっくり聞き、安心感を与える対応には院長も注目していました。そこで「説明係」として、初診時の問診・説明の役割を担ってもらいました。
→ 患者満足度が上がり、「あの人の説明はわかりやすい」と口コミでも評価。スピード以外の価値をチーム内で認識するようになった。
【事例3】「レセプトは苦手」な事務スタッフに"来院分析"を任せた
レセプト点検では凡ミスが多く、再提出も度々発生していたスタッフ。だが数字には興味があり、日々の来院数・年代別・曜日別の集計を自発的に記録していたことが判明。
院長はGoogleスプレッドシートで集計フォームを作成し、「来院動向分析係」として正式に任命。
→ 月次報告の定例資料として活用。業務改善(曜日別の予約数調整)にもつながった。
■ 凡人こそ、組織の「縁の下の力持ち」になる
特別なスキルはなくとも、「誠実」「継続」「几帳面」「気配り」など、凡人ならではの"組織を支える力"は数多くあります。
問題は、それに院長が気づいていないこと。
そして、スタッフ自身も「自分には強みがない」と思い込んでいることです。
井原氏の言葉を借りれば、
「才能は、誰にでもある。ただ、それを活かせる環境がないだけだ」
つまり、スタッフの内なる可能性を引き出すのは、院長の"観察眼"と"任せ方"にかかっているのです。
■ では、どこに"光"を見出すか?―凡人活用3つの着眼点
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何気ない習慣に注目する
例)「いつもカルテの順番をきれいに整えている」→資料整理係に -
他のスタッフが"面倒"と思っていることを苦にしない人
例)電話応対やゴミ捨てなど→「雑務整理担当」として評価する -
「教える側」に回るのが得意ではない人に、観察や記録を任せる
例)OJT担当ではなく、OJTの記録係・進捗管理者として活躍
凡人に"成果"を求めるのではなく、"居場所"と"意味づけ"を与えることが、凡人活用の核心です。
■ "凡人集団"でも強い組織はつくれる
ある地方の小児科クリニックでは、院長がこう語っていました。
「うちは特別優秀なスタッフはいません。でも、全員が"自分の役割を理解している"から、現場は驚くほどスムーズです。」
そのクリニックの特徴は以下の通り:
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スタッフごとに明確な役割分担(例:書類係、説明係、クレーム対応係)
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毎月の「ありがとう共有シート」で、お互いの行動を可視化
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"成長"ではなく"貢献"を基準とした評価制度を導入
その結果、年間の離職者ゼロ、開院5年で患者数1.5倍に成長という結果を出しています。
■ おわりに ―「デキる人がいない」ことを嘆くより、今いる人を活かす
人材採用が難しく、優秀な人材がなかなか採れない時代。
だからこそ必要なのは、「今いる人をどう活かすか?」という視点です。
"できる人を探す"のではなく、"普通の人を活かす"。
これこそが、井原隆一氏の言う「将(リーダー)の器」です。
「人を見限る前に、その人のどこに光があるかを見よ」
この精神があれば、どんなスタッフも、クリニックを支えるかけがえのない"人財"となるはずです。