Vol.942 「人を信じる力」― スタッフを信頼することが組織を強くする

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クリニック奮闘記

2025.07.08

クリニック奮闘記

Vol.942 「人を信じる力」― スタッフを信頼することが組織を強くする

■ 「任せたくても任せられない」院長たちへ

クリニックの院長先生から、こんな言葉をよく聞きます。

  • 「結局、自分が最後はチェックしないと不安」

  • 「以前、任せて失敗されたことがあって...」

  • 「もう少し慣れてからじゃないと危なっかしい」

その気持ちは、よくわかります。
限られた人員で運営される医療機関において、スタッフのミス=クリニック全体の信用リスクになるからです。

しかし、いつまでも「任せられない」状態が続くと、どうなるか?

  • 院長に業務が集中し、疲弊

  • スタッフが"指示待ち"の体質に

  • チームの中に「自分は信用されていない」という空気が漂う

結果として、院長自身のストレスも増え、**離職やミスの再発を招く"負の連鎖"**に陥ってしまいます。

そこで立ち返りたいのが、井原隆一氏の『人の用い方』に記されたこの一節です。

「人を使うということは、人を信じるということである」

本当に任せることができるか。
本当に信じることができるか。
経営者としての"器の大きさ"が、スタッフの力を引き出す鍵になるのです。


■ 信頼がなければ、どんな教育も機能しない

院長が「この人にはまだ任せられない」と感じているとき、
スタッフもまた「自分は信用されていない」と感じています。

この状態では、いくらマニュアルやOJTを充実させても、スタッフは本来の力を発揮できません。

なぜなら、人は「信用されていない」と感じた瞬間に、行動が縮こまり、自主性を失うからです。

  • 「これで合っているだろうか」と毎回確認が必要

  • 「失敗したら怒られる」と不安になる

  • 「自分は重要な存在ではない」と感じる

結果的に、スタッフは"最低限の仕事しかしない"状態に陥ります。
これは「能力不足」ではなく、「信頼不足」による現象です。


■ 信頼とは「任せること」、そして「問いたださないこと」

では、「人を信じる」とはどういう行為でしょうか?
それは、「任せたら、余計な口出しをしない」という姿勢に表れます。

井原隆一氏はこう述べます。

「任せたからには、途中で口を挟まぬことだ。それが真の信頼である」

スタッフが失敗しそうなときに、つい手を出したくなる。
それでもグッと堪えて、スタッフ自身に考えさせる。
そのプロセスを通じて、人は自信を身につけます。

もちろん、「丸投げ」ではいけません。
信頼とは、放任ではなく"見守り"です。


■ ケーススタディ:「口出しをやめたら、スタッフが育った」

大阪のある皮膚科クリニックで、レセプト点検に関する属人化が問題になっていました。
40代のベテランスタッフがすべてを一手に引き受け、他のスタッフが育たない状態だったのです。

院長は思い切って、30代のスタッフに「今月のレセプト返戻ゼロを目標に任せる」と宣言し、ベテランには「手を出さず、見守ること」を依頼しました。

最初の2か月は返戻も発生し、時間もかかりましたが、3か月目にして初の返戻ゼロを達成。
本人は「自分にできるとは思っていなかったけれど、院長に任せられてから考え方が変わった」と語りました。

この事例が示すのは、能力を育てるのではなく、"信頼される経験"が人を成長させるという事実です。


■ 信頼に必要なのは「期待値の明示」と「定期的な振り返り」

信じて任せるとは言っても、放置では失敗の確率が上がります。
そこで大切なのが、次の2つのポイントです。


① 期待値を明確に伝える

「あなたにはこの仕事を、これくらいの水準でお願いしたい」というラインを共有します。

✅ NG例:「とりあえずやってみて」
✅ OK例:「今月は、レセプト返戻を前回の半分に抑えるよう意識してみて」

期待されている役割がはっきりすれば、スタッフは**「やらされている」から「達成したい」**に変化します。


② 定期的な振り返りを行う

任せたら任せっぱなしではなく、週1回・月1回などのタイミングで「どうだったか?」を一緒に振り返ります。

✅ NG例:「ちゃんとやってる?」(管理的)
✅ OK例:「今回はどこがうまくいった? どこが難しかった?」(対話的)

このプロセスによって、スタッフ自身が内省し、**"自分の仕事を言語化する力"**を養います。


■ スタッフは"信頼されることで責任感を持つ"

人は、信頼されて初めて「自分ごと化」します。

  • 「私に任されている仕事なんだ」

  • 「この業務は、私がいるから回っている」

  • 「先生が信じてくれているから、頑張れる」

こうした感情が、モチベーション・継続意欲・創意工夫につながるのです。

「失敗が怖くて任せられない」という院長は多いですが、
実は、信頼されることでスタッフのミスは減っていく傾向にあります。


■ どうしても信頼できないスタッフがいる場合は?

もちろん、中には「何度任せても期待通りに動けない」スタッフもいるかもしれません。

そんなときに大切なのは、「どこがズレているのか」を責めるのではなく、構造的に分析する姿勢です。

  • 役割の設計がその人に合っていないのでは?

  • 伝え方や期待値が不明瞭だったのでは?

  • 本人の特性に合わせた声かけがされていないのでは?

井原氏はこう述べています。

「人が活かされぬのは、人が悪いのではなく、用い方が悪いのである」

信頼できない人材を排除する前に、**「どうすれば信じられる状況がつくれるか」**を考えることが、経営者としての責任であり成長です。


■ おわりに ― 「信じる」という覚悟が、スタッフを変える

人を信じるというのは、経営において最もリスクのある行為です。
失敗されるかもしれない。
裏切られるかもしれない。
期待が空振りに終わるかもしれない。

けれども、信じなければスタッフは育たない。
信じなければ任せられない。
信じなければ、院長は永遠に"自分で背負い続ける"ことになります。

井原隆一氏の言葉に、こんな一節があります。

「信じることは、最も非効率に見えて、最も効率的な組織運営である」

信じることは、"待つこと"。
信じることは、"任せること"。
信じることは、"失敗しても責めないこと"。

それが、スタッフの力を最大化し、
院長自身を"経営者"へと進化させる道なのです。