2025.08.04
クリニック奮闘記
Vol.958 個別指導、その影と光〜院長先生の心に寄り添う、レセプト平均単価という指標〜
個別指導がもたらす院長先生の「重圧」
クリニックを運営する院長先生にとって、「個別指導」という言葉は、多かれ少なかれ、重圧や不安を伴う響きを持っているのではないでしょうか。日々の診療に邁進し、患者さんの健康と向き合う中で、突如として持ち上がる行政からの指導は、時にその労苦を倍増させるかのように感じられるかもしれません。特に、診療報酬に関する個別指導は、クリニックの経営の根幹に関わるため、極めて神経質なテーマであることは想像に難くありません。
本ブログでは、この個別指導、特にその選定基準として用いられる「レセプト平均単価」に焦点を当て、院長先生の皆様が抱えるであろう不安や疑問に寄り添いながら、その実態と意味について深く考察していきます。個別指導は、決して医療機関を罰するためのものではなく、保険診療の適正化を図るための行政指導であり、その目的を理解することが、不要な不安を払拭し、むしろクリニックの質を高める機会と捉える第一歩となります。
レセプト平均単価、その選定基準の「意味」
個別指導の対象となる医療機関の選定基準は、大きく分けて二つあります。一つは「都道府県別の平均単価×1.2倍」という基準、もう一つは「病院を除く12類型の区分ごとに医療機関の総数の上位8%」という基準です。これらの数値が、院長先生のクリニックを個別指導の対象として浮上させる「トリガー」となり得るのです。
しかし、これらの数値基準は、単に高いから悪い、低いから良いという単純なものではありません。それぞれの数値が持つ意味を掘り下げて考えてみましょう。
1. 都道府県別の平均単価×1.2倍:地域医療の特性と診療内容の反映
この基準は、地域の医療提供体制や疾病構造、さらには診療内容の傾向を反映していると言えます。例えば、高齢化が進む地域では、生活習慣病の管理や複数の基礎疾患を持つ患者さんの診療が多くなる傾向があり、それに伴いレセプト単価が上昇する可能性もあります。また、専門性の高い診療を提供しているクリニックであれば、検査や処置、投薬内容が一般的なクリニックと異なるため、平均単価が高くなることもあり得ます。
重要なのは、この基準が「地域における標準的な診療の目安」として機能しているという点です。つまり、地域の他の医療機関と比較して、著しく単価が高い場合に、何らかの理由がないかを検証する必要がある、という行政側のメッセージと捉えることができます。これは、不必要な検査や投薬が行われている可能性を排除するためのスクリーニングであり、決して「単価が高い=不正」と決めつけるものではありません。
2. 病院を除く12類型の区分ごとの上位8%:専門性と診療効率の視点
医療機関は、その診療科や機能によって多岐にわたります。この基準は、そうした多様性を踏まえ、同じような特性を持つ医療機関グループの中で、特にレセプト単価が高い上位8%を対象とするものです。例えば、内科クリニックと整形外科クリニックでは、提供される医療サービスや必要な検査・処置が異なるため、単純に平均単価を比較することは適切ではありません。
この基準は、類型ごとの特性を考慮した上で、その類型内での診療効率や適正性を評価しようとするものです。上位8%に選定されたからといって、直ちに不適切な診療が行われていると判断されるわけではありません。むしろ、そのクリニックが提供する医療サービスの特殊性や、患者層の特性、あるいは特定の疾患に対する集中治療の結果として単価が高くなっている可能性も十分に考えられます。この基準は、その「特殊性」を行政が把握し、理解を深めるための機会を提供しているとも言えるでしょう。
個別指導への「心構え」:不安を自信に変えるために
これらの選定基準に該当したからといって、院長先生のクリニックが何か不正を働いていると疑われているわけではありません。むしろ、行政側が「なぜその単価になっているのか」を適切に把握し、理解を深めたいという意図があると捉えるべきです。
個別指導は、以下の点で、クリニックにとって「光」となる側面も持ち合わせています。
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診療内容の見直しと質の向上: 個別指導を通して、改めて自身の診療内容やレセプト請求の適正性を客観的に見直す良い機会となります。これにより、より適切な診療提供体制の構築や、医療の質の向上に繋がる可能性があります。
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不備の是正と将来のリスク低減: もし、知らず知らずのうちに請求上の不備や誤りがあった場合、それを是正し、将来的な過誤請求のリスクを低減することができます。これは、長期的なクリニック経営の安定に貢献します。
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行政との対話の機会: 個別指導は、行政側と直接対話できる貴重な機会です。自身の診療方針や患者層の特性、提供している医療サービスの特殊性などを説明し、理解を求めることができます。これにより、お互いの認識のズレを解消し、より良い関係を築くことが可能です。
個別指導に対する不安は当然の感情です。しかし、この機会を前向きに捉え、自身のクリニックの診療内容を「説明責任」という形で整理し、行政に理解を求める場であると認識することで、その不安を自信へと変えることができます。
まとめ:個別指導は「対話」の場
個別指導は、決してクリニックを「取り締まる」ための場ではありません。レセプト平均単価という数値に基づいて選定された医療機関に対し、その診療実態を行政が把握し、適正な保険診療が行われているかを「確認」し、「対話」する場なのです。
院長先生の皆様には、このことを深くご理解いただき、個別指導という機会を、ご自身のクリニックの医療の質を向上させ、行政との良好な関係を築くための貴重なステップとして捉えていただきたいと思います。次回のブログでは、個別指導を受ける前に準備しておくべきこと、そして指導中にどのように対応すべきかについて、より具体的に掘り下げていきます。