vol.1012 買収される側とする側の双方の立場から見た取引上の注意点 ― レセプト・税務・過去リスクをどう把握し、どう防ぐか ―

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クリニック奮闘記

2025.10.14

クリニック奮闘記

vol.1012 買収される側とする側の双方の立場から見た取引上の注意点 ― レセプト・税務・過去リスクをどう把握し、どう防ぐか ―

1. はじめに:クリニックの事業承継は「人・患者・数字」の三位一体

クリニックの事業承継やM&Aでは、「建物や設備を譲渡すれば完了」というものではありません。
実際の引継ぎでは、

  • 人(スタッフ・院長の信用)

  • 患者(地域の信頼とカルテ)

  • 数字(レセプト・会計・税務情報)
    の三要素をどう引き継ぐかが成功の分かれ目です。

その中でも最もトラブルが多いのが、取引条件とリスクの認識のズレです。
「買った後に想定外の負債や税務リスクが見つかった」「過去のレセプト請求に誤りがあった」――こうした事例は少なくありません。


2. 事業承継の3つのスキーム別に見る注意点

(1)医療法人の出資持分譲渡(持分あり法人)

最も一般的な医療法人承継の形態が、出資持分の譲渡による経営権の移転です。

  • 法人格はそのまま残る

  • 病院名や保険医療機関コードも原則継続

  • 職員の雇用契約も継続

一見スムーズに見えますが、最大の落とし穴は過去の法人活動すべてを引き継ぐ点にあります。

リスクポイント

区分内容具体例
税務リスク 過年度の申告誤り・未払い税金 前理事長時代の交際費・給与課税漏れ
社会保険リスク 未加入・未納・二重加入など 看護師パートの社保未加入問題
レセプトリスク 不適切請求・返戻・監査リスク 処置料の誤請求、同日再診など
契約関係 テナント・リース・機器契約の継承 自動更新されるリース契約の債務負担

買収側が行うべき対応

  1. デューデリジェンス(詳細調査)の徹底

    • 税務・財務・レセプト・人事・法務の5領域を調査

    • 必要に応じて外部専門家(公認会計士・社会保険労務士・レセプト点検業者)を活用

  2. 譲渡契約書に「表明保証条項」を入れる

    • 例:「譲渡人は、過去3年間において重大なレセプト返戻・不正請求・税務調査の指摘を受けていないことを保証する」

  3. 補償条項を明記

    • 承継後に過去のリスクが顕在化した場合、売主が損害を補償する旨を契約に定めておく。


(2)出資持分なし(拠出型)医療法人

この場合、出資持分の譲渡はなく、理事長の交代や理事の入れ替えで経営権を移転します。
ただし、理事長が交代しても法人格は同一のため、過去の取引・債務・税務上の責任はそのまま残ります。

注意すべき点

  • 理事会・社員総会の議事録整備

  • 医療法人定款の確認(理事長選任手続き)

  • 旧理事長・新理事長間の承継確認書の取り交わし

とりわけ、理事長が交代した後に過去の税務調査・返還金請求が来た場合、新理事長が法人代表として責任を負うことになります。
したがって、承継前に過去5年分の会計・レセプトの確認が必須です。


(3)個人診療所(営業譲渡)

個人診療所の事業承継は、旧院長が有していた「営業の一部(患者・設備・のれん等)」を新院長に譲渡する形になります。
この場合、法的な人格は異なるため、旧院長の税務・債務・レセプト請求内容は承継されません
ただし、次の点に注意が必要です。

注意点

  • 患者のカルテ・個人情報の扱い(個人情報保護法・医療法に基づく)

  • 保険医療機関指定の再取得(保険者コードの変更)

  • スタッフの雇用契約の再締結

  • 建物や機器の譲渡価格に対する所得税課税

メリット: 過去の税務・レセプトリスクを引き継がない
デメリット: 行政手続が煩雑(再指定・再契約が必要)


3. 双方の立場から見る「取引上のチェックリスト」

項目買収側の視点売却側の視点
契約前の情報開示 財務諸表・レセプト・雇用状況を精査 不利な情報も隠さず開示
価格算定 営業利益・レセプト件数・地域性で評価 営業権を過大評価しない
レセプトリスク 不正・誤請求の有無を第三者確認 過去データを整理・保存
税務リスク 過年度申告・減価償却・交際費確認 税理士と整合性を確保
契約条項 表明保証・補償・競業避止条項を明記 表明保証の範囲を限定
引継ぎ期間 院長引継ぎ期間(2~6か月)を設定 患者・スタッフへの信頼移行を支援
公的届出 医療機関コード変更・保険医登録 保険者変更届の提出協力

4. レセプト・税務・行政リスクをどう防ぐか

(1)レセプトリスク

  • 過去12か月分のレセプトデータを確認

  • 診療報酬点数・摘要欄・返戻履歴を点検

  • 特定科目(処置・処方・検査)で不自然な請求がないか確認

(2)税務リスク

  • 過去5年分の決算書・勘定科目明細を確認

  • 現金売上・未収金・交際費・減価償却の妥当性を検証

  • 税務調査履歴・指摘事項の有無をチェック

(3)行政リスク

  • 保険医療機関指定書・管理医師届の有効性確認

  • 建築基準法・消防法・保健所許可関係の確認

  • 医療廃棄物処理・感染対策の遵守状況を確認

これらは契約書の附属資料として、エビデンス(証憑)を明示することが望ましいです。


5. 契約書で必ず押さえるべき条項

条項名目的記載例(抜粋)
表明保証条項 売主が提供した情報の正確性を保証 「過去3年間に税務・行政処分を受けていない」
補償条項 承継後に発生した過去原因の損害を補填 「原因が譲渡日以前にある場合、売主が補償」
競業避止条項 売主が同地域で開業しないよう制限 「5年間・半径3km以内での開業を禁止」
秘密保持条項 患者情報・経営情報の保護 「譲渡後も機密保持を義務付ける」
引継ぎ条項 院長の業務引継ぎ期間を明確化 「3か月間は診療補助・患者紹介に協力」

6. ケーススタディ:過去のレセプト不備が原因で返還命令に

関西地方のある医療法人が出資譲渡で承継された後、2年後に地方厚生局の監査で「同日再診」「過剰検査」の請求が多数見つかり、約800万円の返還命令を受けたケースがあります。
原因は、買収時に過去レセプトの詳細点検を行っていなかったこと。
買収側は「法人をそのまま引き継ぐとは思わなかった」と主張しましたが、最終的に責任を負うのは新理事長でした。

このように、医療法人の引継ぎでは「目に見えないリスク」が潜むため、レセプト・税務のデューデリジェンスは必須です。


7. まとめ:契約前の「見えないリスク」を可視化せよ

クリニックの事業承継・M&Aは、

  • 売却側:信頼のバトンをどう渡すか

  • 買収側:リスクをどう見極めるか
    という、両者の誠実な情報共有に支えられています。

チェックリストで可視化し、表明保証で担保し、補償条項で守る。
この3点を意識することで、事業承継の失敗を最小限に抑えることができます。