2025.10.14
クリニック奮闘記
vol.1013 クリニック事業承継の今後の展望 ― 医療M&Aの拡大と地域医療の再編 ―
1. はじめに:承継市場の拡大背景
日本の医療界では、特に皮膚科・内科・小児科などの個人開業医クリニックにおいて、事業承継のニーズが急速に高まっています。背景として次の要因があります。
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医師の高齢化
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開業医の平均年齢は65歳前後に達しており、引退時期が近づく一方で、後継医師不足が深刻化。
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地域医療維持の必要性
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医療過疎地ではクリニック閉鎖が地域住民の医療アクセス低下に直結。
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医療M&A市場の成長
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事業承継に特化したコンサルティング会社や仲介業者の増加
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財務・税務・人事・法務のプロが関与する案件が増加
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このような背景から、単なる「売却・譲渡」ではなく、地域医療や患者信頼を維持しつつ承継する方法論の確立が求められています。
2. 医療M&A・承継市場の動向
近年の統計では、医療M&A件数は年々増加傾向にあります。特に、都市部では医療法人の出資持分譲渡や個人診療所の営業譲渡が増加しています。
特徴は以下の通りです。
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出資持分譲渡型が増加
法人格を維持したまま理事長交代で承継するケースが多く、スタッフ・患者の継続性が確保されやすい。 -
個人診療所の営業譲渡も堅調
小規模クリニックでは、新規開業よりも既存患者を引き継げる営業譲渡が好まれる。 -
地域医療の再編が進む
医師不足地域では、複数の個人クリニックをまとめて承継するケースも増加。 -
承継支援専門家の役割拡大
財務・税務・法務・労務・レセプト管理までワンストップでサポートするサービスの需要が拡大。
3. 今後の承継に関わる課題
承継市場は拡大していますが、課題も多く残ります。
(1)後継医師不足
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特に地方では承継希望者が少なく、承継失敗によりクリニック閉鎖が増加
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若手医師は勤務医としての安定収入を優先する傾向があり、開業・承継に消極的
(2)スタッフ・患者の心理的抵抗
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承継後の給与・勤務条件の変更によりスタッフ離職リスク
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患者が「医師が変わった」ことで転院する可能性
(3)税務・レセプトリスクの複雑化
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医療法人承継では過去のレセプト・税務の引継ぎが避けられず、買収側リスクが残る
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個人診療所営業譲渡では税務申告や譲渡所得計算が複雑化
(4)行政手続・制度変更
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保険医療機関指定の引継ぎ
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電子カルテ移行・医療情報保護
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医療法・個人情報保護法への対応
4. 今後の承継を成功させるためのポイント
(1)デューデリジェンスの徹底
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財務・税務・労務・レセプト・法務を包括的にチェック
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過去リスクの可視化で契約条項・補償条項に反映
(2)地域医療との整合性
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患者離れを防ぐため、承継前後で理事長・スタッフが協力して周知・説明
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地域医療機関との連携強化(在宅医療・訪問診療含む)
(3)スタッフと患者の心理的ケア
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スタッフには雇用条件・キャリアパスを明確に提示
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患者には治療方針・薬の継続・カルテ管理について丁寧に説明
(4)契約書・補償条項の整備
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表明保証・補償・競業避止・引継ぎ期間を明確化
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医療法人承継では過去のレセプト返戻・税務指摘に対応可能な条項を設定
5. 地域医療と承継の社会的意義
クリニック承継は単なる財務・営業の取引ではなく、地域住民にとっての医療サービスの継続という社会的意義があります。
特に地方では、承継失敗=クリニック閉鎖=地域医療崩壊に直結するため、承継支援は地域政策・医療政策とも密接に関係します。
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地域医療再編の観点からは、複数クリニックの統合・承継も検討される
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公的支援(自治体の承継補助金・税制優遇)も今後拡大の見込み
6. まとめ:クリニック承継の未来像
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承継市場は拡大し続ける
高齢化と後継医師不足が加速するため、承継ニーズは今後も増加 -
成功の鍵は「信頼のバトン」
患者・スタッフ・地域医療の信頼をどう維持するかが承継成功の最大要因 -
リスク管理の重要性
税務・レセプト・労務・行政リスクをデューデリジェンスで可視化し、契約書・補償条項で担保 -
地域医療との連動
単なる譲渡ではなく、地域医療の再編・維持と連動させた承継戦略が不可欠
今後は、医療法人・個人診療所問わず、地域・患者・スタッフ・財務の四者を包括的に設計した承継スキームが主流となるでしょう。
これは、単なる「事業譲渡」ではなく、地域医療の持続可能性を守る社会的使命を伴う取り組みと言えます。