2025.11.04
クリニック奮闘記
vol.1026 賞与支給の考え方
はじめに
――クリニック経営における報酬バランスの設計――
賞与は、スタッフの努力や成果を報いるための重要な報酬制度である。
しかし、実際のクリニック経営では「年2回支給が慣例だから」「近隣クリニックが出しているから」という理由で、明確な方針を持たずに支給しているケースも少なくない。
賞与は単なるボーナスではなく、経営の安定性や組織文化を映す鏡である。
本稿では、賞与支給をどのように設計し、経営とスタッフの双方に納得感のある制度にするかを解説する。
1. 賞与の本来の目的を明確にする
賞与の支給目的は大きく分けて次の3つである。
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成果・貢献に対する報酬
業績や成果を評価して支給する「成果連動型」。モチベーションを高める効果がある。 -
生活補助的報酬
実績に関係なく一定額を支給する「定期支給型」。生活安定を目的とし、公務員的な性格が強い。 -
組織維持・離職防止のための報酬
長期勤務やチーム貢献を重視し、信頼関係を保つ役割を果たす。
クリニックにおける賞与制度を設計する際は、どの目的を重視するのかを明確にしておく必要がある。
曖昧なまま運用すると、「頑張っても評価されない」「何のためのボーナスか分からない」といった不満につながる。
2. 経営側から見た「賞与原資」の考え方
賞与は固定費ではなく、本来は「業績に応じた変動費」として扱うのが原則である。
しかし、毎年一定の支給を続けることで、実質的に固定費化しているケースが多い。
経営上の安定を保つためには、以下のような手順で賞与原資を設定することが望ましい。
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前期の**営業利益または経常利益の一定割合(例:10〜15%)**を原資とする
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支給総額を総人件費の10〜20%以内に抑える
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原資が不足する場合は、支給時期の見直しや一時調整を検討する
賞与支給は経営の「余力」を反映するものであり、無理のない範囲で持続できることが最優先である。
安定した支給が信頼を生み、無理な支給は信頼を失う。
3. 賞与配分の設計
賞与を支給する際、配分基準をどう設定するかが重要である。
クリニックでは、一般企業のような売上・利益目標を設定しにくいが、職種ごとの役割や成果を定義することは可能である。
(1)固定部分と評価部分を組み合わせる
賞与を「固定部分(ベース)」と「評価部分(成果連動)」に分ける。
例:固定70%+評価30%
固定部分で生活安定を支え、評価部分でモチベーションを刺激する。
(2)職種別の基準を明確にする
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医療事務:レセプト精度、患者対応、業務改善への貢献
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看護師:安全管理、チーム連携、患者満足度
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医師・非常勤:診療効率、チーム支援、患者対応
このように、職種に応じた貢献指標を設定することで、「自分の努力がどのように評価されるのか」が見える。
4. 賞与支給におけるタイミングとコミュニケーション
賞与の支給は「経営者の意思表示」としての意味を持つ。
したがって、支給時には必ずメッセージを添えて、経営方針や今後の期待を伝えることが望ましい。
例えば、
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「今年はレセプト業務の効率化が進みました。皆さんの努力に感謝します」
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「次年度は患者満足度の向上に注力したいと思います」
といった具体的なフィードバックを加えるだけでも、スタッフの満足度は大きく変わる。
賞与は「金額」だけでなく、「信頼を共有する時間」でもある。
経営者が誠実にメッセージを発信することで、クリニックの一体感が高まる。
5. 業績連動型賞与の導入を検討する
近年では、クリニックでも「業績連動型賞与」を採用する事例が増えている。
ただし、導入にあたっては注意点がある。
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評価指標を明確にする(例:前年比売上高、患者数、粗利率など)
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全スタッフに関係する指標を設定する(特定職種だけに偏らないようにする)
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支給額の変動幅を限定する(±10〜20%以内に収める)
完全な成果主義に偏るとチームワークが損なわれるため、「一定の安定+成果反映」のバランスが重要である。
まとめ
賞与は単なる「臨時報酬」ではなく、経営方針を体現する制度である。
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支給目的を明確にし、制度を設計する
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原資を経営実態に即して設定する
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配分基準を明確にして、評価との連動を図る
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支給時には経営者がメッセージを伝える
この4点を押さえることで、賞与は単なる支出ではなく、スタッフの信頼と成長を促す「投資」へと変わる。
次稿では、長期雇用を支える「退職金制度の基準と運用」について解説する。
