2025.11.04
クリニック奮闘記
vol.1027 退職金の支給基準
はじめに
――クリニック経営における長期雇用の設計――
退職金は、スタッフの長期的な勤続を促すための報酬制度であり、クリニック経営においては「人材の定着」を支える重要な仕組みである。
しかし、実際には「他の医療機関が払っているから」「昔からの慣例だから」といった理由で制度を運用しているケースも多く、支給基準や積立方法が不明確なままになっていることも少なくない。
本稿では、退職金制度をどのように設計・管理すべきかを、経営の視点から整理する。
1. 退職金の目的を明確にする
退職金には、主に次の3つの目的がある。
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長期勤続の奨励
一定期間以上勤務したスタッフへの報奨金としての性格。勤続年数に応じた支給額が一般的である。 -
老後資金の形成
定年退職後の生活安定を支援する役割。社会保障だけでは不十分な部分を補う。 -
組織貢献への感謝
長年にわたりクリニックの発展に寄与したことへの「経営者からの感謝の意思表示」。
これらを踏まえ、退職金制度を「恩給」ではなく「経営施策」として位置づけることが、現代のクリニック経営では求められる。
2. 退職金制度の主な設計パターン
クリニックに適した退職金制度には、いくつかの方式がある。
(1)退職金規程方式
クリニック独自に「退職金規程」を設け、勤続年数と基本給に応じて支給額を定める方法。
たとえば、
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勤続3年以上支給対象
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支給額=最終月額給与 × 勤続年数 × 支給率(例:0.3〜0.5)
この方式は明確で分かりやすいが、退職者が重なると一時的な資金負担が大きくなる点に注意が必要である。
(2)外部積立方式(中小企業退職金共済など)
独立行政法人が運営する制度を利用し、毎月一定額を掛金として積み立てる方法。
退職時には共済から直接支給されるため、クリニック側の資金繰りに負担が少ない。
特に小規模クリニックでは、この方式が安定運用に適している。
(3)確定拠出型制度
企業型DC(確定拠出年金)などを活用し、スタッフ個人が将来の運用成果を享受する方式。
医療機関ではまだ普及途上だが、若年層の雇用定着や採用競争力の向上に寄与する可能性がある。
3. 支給基準の設定
退職金を支給する際には、以下の3つの基準を明確にしておくことが重要である。
(1)勤続年数
支給対象を「勤続3年以上」などとし、在籍期間に応じて段階的に支給額を増加させる。
短期離職者に対しては「不支給」とすることで、長期雇用を促進する。
(2)退職理由
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定年退職・自己都合退職・会社都合退職の区分を明確にする。
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自己都合退職の場合は支給率を低めに設定し、定年や病気による退職は満額支給とする。
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懲戒解雇の場合は支給しない旨を規程に明記しておく。
(3)評価との連動
近年では、退職金の一部を「最終評価」に連動させる事例もある。
長年の勤務だけでなく、在職中の貢献や姿勢を反映することで、より公平感のある制度となる。
4. 積立と会計処理の留意点
退職金は将来の支払い義務であり、**「見えない負債」**として捉えることが重要である。
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自院積立方式の場合:退職給付引当金を会計上計上しておく
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共済方式の場合:毎月の掛金を経費処理できる(節税効果あり)
特に複数の長期勤務スタッフがいる場合、退職時期が重なると多額の支出が発生する可能性がある。
毎年の決算で「将来支給予定額」を試算し、資金準備の見通しを持つことが経営安定の鍵となる。
5. 制度運用と見直し
退職金制度は一度作ったら終わりではない。
物価変動や雇用形態の多様化を踏まえ、3〜5年ごとに見直すことが望ましい。
また、制度変更時にはスタッフへの説明が不可欠である。
「経営上の負担を軽減するため」「公平性を保つため」といった趣旨を丁寧に伝えることで、制度変更への理解を得やすくなる。
まとめ
退職金制度は、スタッフの人生と経営の持続性をつなぐ仕組みである。
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長期勤続を奨励する明確な目的を持つこと
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勤続年数・退職理由・評価との連動を定義すること
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資金準備を計画的に行い、制度を定期的に見直すこと
これらを実践することで、退職金は単なる「支出」ではなく、組織の信頼関係を育む「長期的投資」となる。
次稿では、こうした制度全体を支える「公平ではなく、公正な人事評価」を実現するためのポイントを解説する。
