vol.1040 スタッフが辞める理由は"給与ではない"―離職のメカニズムとクリニックの組織改善

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クリニック奮闘記

2025.11.25

クリニック奮闘記

vol.1040 スタッフが辞める理由は"給与ではない"―離職のメカニズムとクリニックの組織改善

クリニック経営において、スタッフの定着率は極めて重要な指標である。しかし、多くの院長が「辞める理由は給与だろう」「家庭の事情と言っていたし仕方ない」と表面的に理解してしまう。実際、退職面談で語られる理由の大半は"本音"ではない。医療機関の現場に精通したコンサルタントの視点から言えば、スタッフが辞める背景には、必ず複数の心理的・組織的要因が複雑に絡み合っている。

本稿では、クリニックにおける離職の構造を実例とともに検討し、その改善に向けたアプローチを考察する。


1. 表向きの退職理由と、実際の退職理由は異なる

スタッフが退職する際、多くの場合は「家庭の事情」「体調不良」「キャリアアップ」「他施設からの誘い」といった理由が挙げられる。だが、これらは必ずしも"本当の引き金"ではない。

ある皮膚科クリニックG院では、受付スタッフが突然退職を申し出た。理由は「実家の母の介護」と述べたが、その後の調査で、実際には院長からの日常的な叱責と、レセプト担当者との関係悪化が要因であることが判明した。スタッフは、辞める理由を正直に言えば院長との関係が悪化すると考え、無難な理由を選んだのである。

医療機関は上下関係が明確で、院長が「経営者」である一方、「現場の意思決定者」でもある。そのため、スタッフは本音を表に出しにくい。結果として、院長は離職の根本原因に気づけず、同じ問題が後に繰り返されてしまう。


2. 離職の最初の兆候は"生産性の低下"として表れる

離職は突然起こるものではない。必ず「前兆」がある。

クリニックH院のレセプト担当者は、数年間にわたり優れた業務能力を評価されていたが、退職の1年前から返戻が徐々に増加していた。院長は「制度が変わったから」「忙しい時期だから」と考え、本人に深く事情を聞かなかった。しかし後になって判明したのは、スタッフが業務量の偏りと人間関係のストレスに限界を感じていたという事実であった。

多くのクリニックで見られる"生産性の低下"は以下の変化に現れる。

  • ミスや返戻が増える

  • 人当たりが強くなる

  • 勤務中の会話が減る

  • 仕事のスピードが落ちる

  • 新しい取り組みへの拒否感が強まる

これらはすべて、離職プロセスの序盤に現れる症状である。院長が気づいた頃には、本人の意思は固まっていることが多い。


3. 属人化が離職を"経営危機"に変える

医療機関の業務は想像以上に個人依存的である。レセプト、予約管理、検査説明、物品管理など、クリニックの運営は一部スタッフの技能と経験に依存しがちだ。

クリニックI院では、10年以上勤務していたベテラン事務の退職をきっかけに、月々の返戻が倍増し、会計点数の取りこぼしも発生した。理由は単純で、そのスタッフしか把握していない運用や「暗黙知」が存在し、新人が同じ水準で業務を行えなかったのである。

属人化した業務は、退職者が出た瞬間にクリニックの業務フローを破綻させるリスクを孕む。院長の言葉を借りれば「辞めたのは一人のスタッフなのに、クリニック全体が不調になった」という感覚になる。しかし、それは辞めたから悪化したのではなく、もともと脆弱だった仕組みが露呈したにすぎない。


4. クリニックにおける人間関係の問題は、小さな摩擦から始まる

離職の背景には、給与よりもむしろ人間関係の問題が根底にあることが多い。特に医療現場では、看護師、事務、医師、外部業者など、職種の異なる人間が高い頻度でコミュニケーションを取る必要がある。

クリニックJ院では、看護師と受付スタッフの間に小さな摩擦が生じていた。発端は「患者さんの誘導方法」が異なるという些細な違いであったが、互いに指摘し合ううちに不信が蓄積し、最終的に受付スタッフが退職する事態へと発展した。院長はその時、「問題はもっと早くからあったのだろう」と語ったが、当人たちは院長に気を遣い、直接的な訴えを行っていなかった。

クリニックという少人数組織では、摩擦は自然に解消しない。むしろ放置すれば「溝」となり、組織を蝕む。


5. 院長の言動がスタッフの心理に与える影響

小規模医療機関では、院長の言動が組織の空気を決定づける。ある皮膚科クリニックK院では、多忙な時期に院長が「なんでこんなに遅いの?」「普通こんなミスしないよ」とスタッフの前で叱責する場面が続いた。院長に悪意はなく、焦りからの発言だったが、スタッフの心理は大きく揺らぎ、半年以内に3名が退職した。

院長は「言い方が少し厳しいだけで辞めるのか」と驚いていたが、現場の声を聞くと、スタッフは「責められている」「評価されていない」と感じていた。医療現場は緊張が多く、患者対応のストレスも重なるため、院長の一言の重みは一般企業のそれよりはるかに大きい。


6. 離職を防ぐ組織改善の方法論

離職を減らすためには、給与改善だけでは不十分である。クリニックに必要なのは、組織そのものの構造改革である。

① 業務の可視化とマニュアル化

属人化の解消は最優先課題である。単なる作業手順だけでなく、

  • 判断基準

  • 注意ポイント

  • トラブル時の対応

  • 他職種との連携ルール

まで含めて文書化する必要がある。

② 1on1面談の実施

スタッフは、院長との対話が不足すると不満を蓄積させる。
月1回の短時間面談でよいので、

  • 不満の芽

  • 相談できずに抱え込んでいる問題

  • ネガティブ感情

を言語化する場を設けるべきである。

③ インシデントの扱い方の再設計

ミスが起きた時、叱責する文化では改善は進まない。
原因と対策を冷静に整理し、
「人ではなく仕組みを責める」
という方針に転換する必要がある。

④ デジタル化による負担軽減

Web問診、オンライン予約、キャッシュレス決済は、単に便利というだけでなく、受付の心理的負担と業務負荷を劇的に軽減する。ストレスを減らす仕組みが離職防止に直結する。

⑤ 成果を適切にフィードバックする

スタッフは「評価されている」と感じた時に初めて仕事にやりがいを見いだす。院長からの肯定的なフィードバックは、金銭以上に心理的影響力が大きい。


7. 結論――離職は"突然起きる事故"ではなく、"積み重ねによる必然"である

クリニックの離職問題は、突発的な出来事ではなく、日常の小さなストレス・業務の不均衡・コミュニケーションの不足が少しずつ積み重なった結果として起こる。退職を「不可抗力」と捉えるか、「組織のサイン」と受け止めるかで、その後のクリニックの未来は大きく変わる。

スタッフが辞める理由は、実は給与ではない。
人間関係、業務の偏り、評価されていない感覚、そして院長とのコミュニケーション不足――
これらが静かに蓄積し、やがて離職という形で表出するのである。

もし現在、あなたのクリニックに小さな不満や摩擦が芽生えているなら、それは危機の始まりではなく、組織改善のチャンスである。問題に向き合い、仕組みを整え、院長が組織の"空気"を整えることで、離職は大幅に減らすことができる。