Vol.1050 固定費上昇がクリニック財務に及ぼす影響と対応策

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クリニック奮闘記

2025.12.10

クリニック奮闘記

Vol.1050 固定費上昇がクリニック財務に及ぼす影響と対応策

クリニック経営において、固定費の増加は財務構造の健全性を揺るがす重大な要素である。特に近年、医療現場における人件費、物価、エネルギーコストの上昇が続いており、これらが診療所の損益構造に与えるインパクトは無視できない。一方で、診療報酬改定は抑制傾向にあり、売上の伸びよりも固定費の増加が上回る状況が続いている。こうした環境下では、固定費の上昇を「仕方のないもの」として捉えるのではなく、財務管理の枠組みの中で適切に制御する視点が求められる。

固定費の中で最も比重が大きいのは人件費である。クリニックはサービス産業であり、医師、看護師、受付事務、リハビリスタッフなど、多様な職種によって成り立っている。人件費の高騰は、労働市場の逼迫や働き方改革の影響により全国的な傾向である。特に都市部では医療スタッフの確保が難しく、給与水準を引き上げなければ採用が困難になるという実態もある。しかし、単純に給与を引き上げ続ければ、経営の持続性が失われる。重要なのは、人件費をコストではなく「投資」として捉え、スタッフの生産性向上とセットで考える視点である。

スタッフの生産性は可視化されにくいが、受付業務の効率化、診療補助の最適化、役割分担の明確化など、現場の業務設計によって大きく変わる。経験的な管理手法では、業務を「細分化して標準化する」ことで属人性を排除し、誰が行っても一定水準の成果が出るようなオペレーションの構築を重視する。これにより、一人当たりの生産性が安定し、結果として人件費上昇の影響を緩和することが可能になる。固定費を削減するのではなく、「固定費あたりの成果を最大化する」という発想が重要である。

次に注目すべきは、物品費である。医薬品、衛生材料、検査キットなどは価格変動が大きく、特に輸入品に依存する医薬品の価格上昇はクリニックの財務を圧迫する。物品費を適切に管理するためには、在庫管理の徹底が欠かせない。過剰在庫はキャッシュフローを悪化させ、不足在庫は診療の質を低下させる。在庫を「必要最低限の水準」で維持するためには、発注ルールの策定が極めて重要である。経験的な管理思想では、「必要なものを必要なときに必要な量だけ」という考え方が重視される。医療現場は不確実性が高いため完全適用は難しいが、この考え方を応用することで在庫管理の精度は大きく向上する。

さらに、固定費の中で見落とされがちなのが設備費である。医療機器のリース料、減価償却費、建物の維持費などは長期的に経営に影響を及ぼす。医療機器は高額であり、リース契約は一度締結すると変更が難しい。そのため、導入段階での収益性分析が不可欠である。単に「最新機器だから」「競合クリニックが導入しているから」という理由で設備投資を行うと、固定費が増加し、財務の硬直化を招く。設備投資は、診療圏の需要、医師の専門性、サービス差別化の方向性など、複数の要素を総合的に評価したうえで慎重に判断すべきである。

固定費上昇への対応策として最も重要なのは、「固定費と変動費のバランスを可視化する」ことである。損益計算書だけを見ていては、固定費上昇の真の影響を把握することは難しい。クリニックの財務を管理するためには、月次の損益データを固定費比率、限界利益率、損益分岐点などに分解し、構造的に理解する視点が求められる。特に損益分岐点は、固定費の影響を最も直感的に捉えられる指標であり、固定費が増えれば増えるほど損益分岐点は上昇し、経営リスクが高まる。

最後に、固定費上昇への対策は「削減」だけではない。財務構造を強化するためには、現場の生産性向上、業務の標準化、適切な設備投資、在庫管理の徹底など、多面的なアプローチが必要である。クリニックは地域医療を支える重要な社会的機能を持つ以上、短期的なコスト削減だけでなく、長期的な経営の安定を見据えた財務管理が求められる。固定費上昇の時代だからこそ、財務の原理原則に基づいた経営が一層重要になるのである。