2025.12.22
クリニック奮闘記
Vol.1060 医療運用の緻密化と地域完結型モデルへの構造的適応
はじめに:算定の「量」から「プロセスと記録」への転換
令和7年12月22日に閣議決定された2026年度(令和8年度)診療報酬改定の骨子は、医療機関に対して、これまで以上に「診療プロセスの透明化」と「アウトカムの可視化」を求めるものとなった。近年の改定傾向を分析すると、単なる行為の積み上げによる出来高算定から、適切な情報提供と多職種による管理を要件とする「プロセス評価」への移行が鮮明となっている。本稿では、医事管理および現場運用の視点から、複雑化する算定要件をいかに持続可能な経営基盤へと昇華させるべきか、その具体的戦略を詳述する。
1. 生活習慣病管理における多職種協働モデルの構築
2024年度改定で断行された「生活習慣病管理料」の見直しは、今改定においてさらに「療養計画書」の電子化と、バイタルデータの継続的な収集・分析を軸とした評価へと洗練された。ここで求められるのは、単なる事務作業のデジタル化ではない。
多くのクリニックにおいて、医師が診察・記録・説明のすべてを完結させるモデルは限界を迎えている。客観的経営の視点からは、看護師や管理栄養士、あるいは適切なトレーニングを受けた医療事務職が「療養支援担当」として介在する体制への移行が不可欠である。患者の生活背景を事前に聴取し、それを計画書に反映させ、医師が最終的な医学的判断と署名を行う「分業型運用」を確立することで、記載不備による返戻リスクを低減しつつ、指導の質(アウトカム)を担保することが可能となる。
2. かかりつけ医機能の制度化に伴う参入障壁の確立
今改定の核心の一つは、かかりつけ医機能の法定化に伴う評価体系の再編である。紹介状を持たない患者の定額負担制度が拡大される中で、診療所は「地域における自院の機能」を診療報酬上の算定項目によって明確に示す必要がある。
「地域包括診療料」や「時間外対応加算」の算定は、単なる収益確保の手段ではなく、地域医療における「選別」への回答である。24時間対応体制の維持や、多剤投与の適正化管理といった厳しい要件をクリアすることは、一見するとコスト増に見えるが、競合に対する強力な参入障壁となる。医事運用における戦略的判断として、これらの要件を「標準装備」化し、地域住民や基幹病院に対して「機能が公的に保証された施設」としてのエビデンスを提示することが、次世代の患者獲得戦略に他ならない。
3. 外来データ提出加算の波及と「内部監査機能」の強化
これまで主に病床を持つ医療機関が対象であった「データ提出加算」の対象が、一定規模以上の診療所や特定の管理料を算定する施設へも拡大されたことは、極めて示唆に富む。これは、国が診療所レベルに対しても「標準化されたデータに基づいた経営」を求めている証左である。
経営側はこの変化を、事務負担の増大と捉えるべきではない。提出データを自院で分析(ベンチマーク)し、疾患構成や処方・検査の妥当性を客観的に把握する「内部監査機能」を構築する機会とすべきである。レセプト点検ソフトによる形式的なチェックを超え、医学的正当性と経済合理性を両立させる医事管理体制こそが、2026年以降の医療経営におけるレジリエンス(復元力)を決定づける。
4. 医療DXを原資とした「付加価値の再定義」
マイナ保険証の利用促進や電子処方箋の導入など、医療DXへの対応はもはや選択の余地がない「基盤整備」となった。しかし、これらを単なる減算回避のための投資に終わらせてはならない。
真の目的は、DX導入によって創出された「時間的余力」を、いかに収益性の高い業務へ再配分するかにある。例えば、自動精算機やオンライン診療の活用で削減された事務工数を、前述の療養計画書作成支援や、重症化予防のための未受診者への個別アウトリーチ(受診勧奨)へとシフトさせることである。診療報酬の単価が抑制傾向にある現在、職員一人あたりの生産性を「請求枚数」ではなく「提供した管理サービスの質」で再定義する組織変革が求められている。
結びに代えて:医事管理を経営の「中枢神経」に
本稿で詳述した戦略の本質は、医事課を「コストセンター(後方支援)」から「プロフィットセンター(経営管理)」へと転換させることにある。2026年改定が示すメッセージは明確である。「正確な記録に基づき、多職種が連携して、データで実証可能な成果を出す」医療機関のみが、安定的な経営を許容される。
緻密な算定要件の遵守を組織の「文化」へと昇華させ、それをデータに基づいた経営改善に結びつける。この適応能力こそが、2040年という未曾有の人口減少社会を生き抜くための唯一の処方箋である。
