2025.12.22
クリニック奮闘記
Vol.1063 2026年度診療報酬改定の総括と2040年を見据えた医療経営ロードマップの策定
はじめに:医療経営に訪れた「構造的転換点」
令和7年12月22日、政府・与党および中医協(中央社会保険医療協議会)での議論を経て、2026年度診療報酬改定の全容が実質的に確定した。今回の改定は、単なる点数の増減を超え、日本の医療提供体制が「ポスト2025」から「2040年問題」へと向かうための構造的転換点として歴史に刻まれるだろう。
これまでの改定が「団塊の世代が75歳以上になることへの備え」であったのに対し、今改定は「現役世代が急減し、支え手が不在となる社会」への適応を医療機関に強いるものである。本稿では、これまでの連載で議論してきた「医事運用」「データサイエンス」「組織ガバナンス」の三要素を統合し、病院・クリニックがとるべき具体的な経営戦略を論じる。
1. 令和7年12月22日合意事項の再定義――「質の高い医療」への対価
今回の改定において、初・再診料や入院基本料のベースアップが決定された背景には、深刻な物価高騰と賃金上昇というマクロ経済環境がある。しかし、この底上げは「現状維持」を保証するものではない。決定事項を精査すれば、増収の恩恵を享受できるのは、徹底した効率化(DX)と、データに裏打ちされたアウトカム(治療実績)を提示できる施設に限定されていることがわかる。
特に、生活習慣病管理料の要件厳格化や、入院時食事療養費の引き上げ、さらには外来データ提出の義務化範囲拡大は、医療機関に対して「透明性の高い経営」を求めている。もはや「どんぶり勘定」の経営は許容されず、投入された医療資源がいかに患者の健康維持や早期退院に寄与したかを、デジタルデータで証明し続けなければならない。
2. 「新地域医療構想」下におけるポートフォリオの再編
2026年度から本格化する「新地域医療構想」は、医療圏単位での最適化を加速させる。これに伴い、個々の病院・クリニックは「地域における自院のポジション」を再定義する必要がある。
これからの経営戦略の核心は「全方位型の網羅」から「特定の強みへの集中」への移行である。データサイエンスに基づき、自院が地域で最も高いパフォーマンスを発揮できる診療領域を特定し、そこに人材と資本を集中させる。一方で、自院が提供するよりも近隣他院が効率的に提供できる機能については、連携を通じてアウトソーシングする勇気が求められる。この「選択と集中」こそが、2040年に向けた唯一の生存戦略である。
3. 「人材確保」と「生産性」のトレードオフを解消する
2026年以降、最大の経営リスクは「人材の枯渇」である。診療報酬による賃上げ原資の確保は、競争のスタートラインに過ぎない。他産業との人材争奪戦に勝つためには、単なる給与アップだけでなく、医師の働き方改革を前提とした「知的生産性の高い職場環境」を構築しなければならない。
ここで不可欠なのが、組織ガバナンスの刷新である。医師が医学的判断に集中できるよう、事務作業の徹底的なタスク・シフトを断行し、AIやRPAを駆使してノンコア業務を自動化する。職員一人ひとりがその専門性を最大限に発揮し、付加価値を創出できる組織構造への転換が、結果として離職率の低下と医業収益の向上という好循環を生む。
4. 医療DX:コストから「戦略的インフラ」への昇華
今改定で示された医療DXの推進は、もはや「加算」というボーナスの段階を終え、医療機関の「存立基盤」となった。マイナ保険証の利用率、電子処方箋の導入、リアルタイムのデータ共有体制は、地域医療連携ネットワークに参画するための「入場券」である。
経営側は、DXをITコストとして捉えるのではなく、経営情報を可視化し、迅速な意思決定を可能にするための「戦略的インフラ」と位置づけるべきである。データをリアルタイムで経営ダッシュボードに反映させ、病床稼働率や算定状況、人件費比率をモニタリングする体制が整って初めて、2026年以降の激変する環境に即応することが可能となる。
5. 2030年に向けた具体的ロードマップ
病院・クリニックの経営者が明日から着手すべきアクションは以下の3点に集約される。
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財務・医事運用の完全整合(2026年前半): 今回の改定項目を網羅的に分析し、算定漏れをゼロにするための現場フローを再構築する。特に新設された加算や要件が変更された管理料の運用を、事務職と臨床職の連携によって確立する。
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データ駆動型意思決定への移行(2026年中盤): 提出している外来・入院データを自院で徹底的に分析し、不採算診療科や非効率なプロセスの抽出を行う。ベンチマーク分析を行い、全国平均を上回る指標を自院の「ブランド」として育成する。
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組織ガバナンスと人材ブランディングの確立(2026年後半以降): 賃上げ実績と働き方改革の成果を対外的に発信し、地域で最も働きたいと思われる医療機関としての地位を確立する。中長期的な設備投資計画を、2040年の人口動態予測に基づいて修正する。
結びに代えて:持続可能な医療経営の「北極星」
診療報酬改定は、国からの強力なメッセージである。今回の改定を通じて国が求めているのは、「持続可能な社会を支える、効率的で質の高い医療」の実現である。それは、医療機関にとっては厳しい要求に見えるかもしれないが、同時に「プロフェッショナルとしての自律的経営」を促す機会でもある。
2026年度改定を「危機」として捉えるか、あるいは組織を抜本的にアップデートするための「追い風」として捉えるか。その視点の差が、10年後の貴院が地域で必要とされ続けているか、あるいは歴史の中に消えているかを分かつ。
弊社は、これら「医事・データ・組織」の各専門領域を統合し、客観的なエビデンスに基づいた経営支援を継続していく。変化を恐れず、常にデータを羅針盤とし、地域医療の未来を切り拓く経営者の伴走者であり続けることが、私たちの使命であると考えている。
