2026.01.05
クリニック奮闘記
Vol.1065 財務の視点から考えるクリニックの事業計画―数字を目的化しない経営
クリニックの事業計画を考える際、多くの院長が最初に意識するのが財務である。医業収入や利益がどの程度確保できているのか、人件費や家賃などの固定費は適正なのかといった点は、医院経営の健全性を判断するうえで避けて通れないテーマである。一方で、財務の視点が強調され過ぎると、数字そのものが目的化し、経営判断を誤るリスクも生じる。
財務とは、あくまで経営活動の「結果」を示すものである。事業計画において重要なのは、売上や利益の目標値を設定すること自体ではなく、それらの数字がどのような診療体制や業務運営の結果として生み出されるのかを明らかにする点にある。数字だけを追いかける経営から、数字を活かす経営へと視点を転換することが、年初の事業計画策定では求められる。
例えば、「医業収入を前年比5%増加させる」という目標は一見分かりやすい。しかし、その内訳を検討しなければ、現場にとっては具体性を欠いた指示に過ぎない。外来患者数を増やすのか、診療単価を上げるのか、自費診療の比率を高めるのかによって、必要となる施策や院内体制は大きく異なる。財務目標は、必ず診療方針や業務設計と結び付けて考える必要がある。
実際の事例として、ある皮膚科クリニックでは、医業収入は安定しているものの、利益率が年々低下していた。詳細に分析すると、人件費率が上昇しており、とりわけ受付・会計業務に多くの時間と人手が割かれていることが分かった。院長は当初、人員削減を検討したが、業務内容を洗い出した結果、非効率な動線や二重チェックが多く、生産性が低下していることが原因であると判断した。
そこで、事業計画の中に「業務効率の改善」を明確なテーマとして盛り込み、業務フローの整理と役割分担の見直しを実施した。その結果、スタッフ数を減らすことなく残業時間が減少し、人件費率も改善した。このケースは、財務指標の悪化が必ずしも人員過剰を意味するわけではなく、業務設計の問題である場合が多いことを示している。
財務の視点から事業計画を策定する際には、まず過去数年分の数値を冷静に振り返ることが重要である。単年度の損益だけを見るのではなく、医業収入の推移、人件費率や材料費率の変化、固定費の増減といった時系列の分析を行うことで、自院の経営構造が見えてくる。ここで重要なのは、良し悪しの評価ではなく、傾向を把握する姿勢である。
また、年初の事業計画では、中長期的な視点も欠かせない。例えば、電子カルテの更新や医療機器の導入、建物の修繕といった設備投資は、短期的には利益を圧迫する要因となる。しかし、これらを先送りし続けることで、将来的に大きな支出や診療効率の低下を招くこともある。事業計画の中で、数年単位の投資計画を整理しておくことは、財務の安定性を保つうえで有効である。
さらに、財務の視点では「人件費」をどのように捉えるかが重要な論点となる。人件費は多くのクリニックにおいて最大の支出項目であり、経営を圧迫する要因として語られがちである。しかし、人件費は単なるコストではなく、医療の質と業務の安定性を支える基盤でもある。人件費率を下げることだけを目的にすると、結果として離職率の上昇や採用コストの増大を招き、かえって経営を不安定にする恐れがある。
ある内科クリニックでは、人件費率を下げるために賞与を抑制した結果、スタッフのモチベーションが低下し、患者対応の質にも影響が出た。数年後には離職者が増え、結果として採用費用が増加した。このような事例からも分かるように、財務指標は短期的な改善だけでなく、持続性の観点から評価する必要がある。
年初の事業計画における財務の視点とは、「いくら儲けるか」を決めることではない。「どのような医療を提供し続けるために、どの程度の収益構造が必要なのか」を考えることである。診療方針、患者数、業務体制、人材育成といった要素を踏まえたうえで財務計画を描くことで、数字は初めて意味を持つ。
