2026.01.05
クリニック奮闘記
Vol.1066 患者の視点から考えるクリニックの事業計画―選ばれ続ける医院であるために
クリニックの事業計画を検討する際、財務や人員配置といった内部要因に目が向きやすい一方で、患者の視点は後回しにされがちである。しかし、医院経営の原点は患者であり、患者に選ばれ続けることなくして、安定した経営は成り立たない。年初に事業計画を策定するにあたり、患者の視点をどのように位置付けるかは極めて重要な論点である。
患者の視点とは、単に「満足しているかどうか」を問うものではない。来院前の情報収集から受診、診察、会計、次回受診に至るまで、患者がクリニックと接する一連の体験全体をどう受け止めているかを捉える視点である。診療内容そのものだけでなく、待ち時間、説明の分かりやすさ、スタッフの応対、院内環境など、多くの要素が患者の評価に影響を与えている。
例えば、同一地域に複数の内科クリニックが存在する場合、診療報酬や基本的な診療内容に大きな差は生じにくい。その中で患者が受診先を選ぶ判断材料となるのは、「ここなら安心して通える」「話をきちんと聞いてもらえる」といった感覚的な評価である。これらは数値化しにくいものの、事業計画において無視できない要素である。
実際の事例として、ある整形外科クリニックでは、医業収入は安定しているにもかかわらず、新患数が徐々に減少していた。院長は当初、周辺競合の増加を原因と考えていたが、患者アンケートを実施したところ、「待ち時間が長い」「診察の流れが分かりにくい」といった声が多く寄せられた。診療の質自体に大きな問題はなかったものの、患者体験の部分で改善余地があることが明らかになった。
このクリニックでは、事業計画の中に患者視点の改善を明確なテーマとして盛り込み、時間帯別の来院状況を分析したうえで予約枠を再設計した。また、初診時の説明資料を見直し、診察後の流れをスタッフが統一した説明で案内するようにした。その結果、待ち時間に対する不満が減少し、再来院率が改善した。患者の視点を意識した取り組みが、結果として財務面にも好影響を与えた例である。
患者の視点を事業計画に反映させるためには、「自院がどのような患者層を主な対象としているのか」を明確にする必要がある。高齢者が多い地域なのか、働き世代が中心なのか、あるいは小児や慢性疾患患者が多いのかによって、求められる対応は異なる。全ての患者にとって完璧なクリニックを目指すのではなく、自院の立地や診療方針に合った患者像を設定することが、現実的な事業計画につながる。
例えば、働き世代が多い地域では、平日夕方の診療体制や待ち時間への配慮が重要となる。一方で、高齢者が多い地域では、分かりやすい説明やスタッフの声掛け、院内導線の安全性がより重視される。患者の視点を踏まえた事業計画とは、このような地域特性や患者構成を前提に、提供価値を整理する作業である。
また、患者満足度を高める取り組みは、必ずしも大きな投資を伴うものばかりではない。ある皮膚科クリニックでは、診察後に次回受診の目安を一言添えることを院内ルールとしただけで、「いつ来ればよいか分からない」という患者の不安が軽減された。小さな工夫の積み重ねが、患者からの信頼につながることは少なくない。
事業計画に患者の視点を組み込む際に重要なのは、抽象的な理念で終わらせないことである。「患者満足度を高める」という表現だけでは、現場での行動に結び付かない。待ち時間、説明方法、再来院率など、具体的なテーマに落とし込み、改善の方向性を共有することが求められる。
患者の視点は、財務や業務、人材の各視点と密接に関係している。患者対応の質はスタッフの業務負担や教育状況に左右され、その結果が再来院率や口コミとして財務面に反映される。事業計画において患者の視点を明確にすることは、経営全体の方向性を整えることに他ならない。
