2026.01.27
クリニック奮闘記
Vol.1084 賞与を巡る不満が噴出したクリニック
賞与は、スタッフの労をねぎらい、組織への貢献に感謝を示す手段として位置づけられている。多くの院長にとっても、「少しでも報いたい」「モチベーションにつなげたい」という思いから支給されるものであり、決して軽い判断ではない。
しかし現場では、賞与を支給したにもかかわらず、不満や不信感が広がってしまうケースが少なくない。そこには、金額の多寡では説明できない構造的な問題が潜んでいる。
事例1:一律支給の賞与に不満を抱いた看護師
あるクリニックでは、経営状況が比較的安定していたことから、夏の賞与を全スタッフ一律で支給することにした。院長としては公平性を重視した判断だったが、結果は想定とは異なっていた。
日頃から残業や業務改善に積極的に関わっていた看護師ほど、「頑張っても評価されない」という不満を口にするようになった。一方で、最低限の業務のみをこなしていたスタッフは特に不満を示さず、院内には微妙な空気が流れ始めた。
このケースでは、「平等」と「公平」が混同されていた。全員に同じ金額を支給することが、必ずしも納得感につながるわけではないことが、結果として浮き彫りになった。
事例2:評価基準を説明しなかったことで生じた不信感
別のクリニックでは、賞与の金額に差をつけて支給していた。しかし、その評価基準を事前にも事後にも説明していなかったため、スタッフの間で憶測が広がってしまった。
「あの人は院長に気に入られているから多いのではないか」「基準が曖昧で恣意的だ」といった声が出始め、賞与そのものよりも、評価の透明性に対する不満が強まっていった。
院長としては、業務量や貢献度を総合的に判断したつもりだったが、その意図が共有されていなかったため、結果的に信頼関係を損ねる形となってしまった。
賞与が"評価制度の代わり"になってしまう危うさ
多くのクリニックでは、明確な人事評価制度が整備されていない。そのため、賞与が事実上の評価手段として機能してしまうことがある。
しかし、賞与は本来、結果として支給されるものであり、評価制度そのものではない。評価の基準やプロセスが不明確なまま賞与だけが支給されると、スタッフは金額から逆算して評価を推測するしかなくなる。
この構造が続くと、賞与のたびに不満や比較が生じ、院内の人間関係にも影響を及ぼす可能性が高まる。
院長とスタッフの視点のズレ
院長は経営全体を見渡しながら判断しているが、スタッフは日々の業務を通じて自分なりの努力基準を持っている。その基準が言語化されないままでは、評価に対する認識のズレは埋まらない。
「これだけやった」「ここを工夫した」という本人の実感と、院長の評価軸が一致しているとは限らない。そのズレを放置したまま金銭的評価だけを行うことが、摩擦を生む要因となる。
賞与を巡る問題の本質
賞与を巡る不満の本質は、金額そのものではなく、「どう見られているのか分からない」という不安にある。評価の物差しが見えない状態では、スタッフは安心して努力を積み重ねることができない。
必ずしも複雑な評価制度を導入する必要はないが、何を大切にしているのか、どのような行動が評価につながるのかを共有するだけでも、受け止め方は大きく変わる。
賞与は、使い方次第で組織をまとめる力にも、分断を生むきっかけにもなり得る。経営判断としての賞与が、どのようなメッセージを発しているのかを振り返ることは、クリニック経営において重要な視点だと言えるだろう。
