2026.02.02
クリニック奮闘記
Vol.1086 レセプト業務における「知識の均質化」と医療現場の現実
知識は誰のものになったのか
医療機関を取り巻く情報環境は、この10年で大きく変化しました。診療報酬改定の解説資料、レセプト算定ルール、個別指導の指摘事例などは、インターネットや各種WEBサービス、AIツールを通じて、誰もが比較的容易にアクセスできる時代になっています。かつては「知っている人」と「知らない人」の間に大きな情報格差が存在していましたが、現在ではその差は急速に縮小しています。
レセプト業務においても同様です。算定要件や通知、Q&Aは公開され、検索すれば一定水準の答えにたどり着くことができます。院長や医療事務スタッフが自ら学ぼうと思えば、基礎的な知識は十分に身につけられる環境が整っています。
事例①:勉強熱心な院長の違和感
ある内科クリニックの院長は、診療報酬改定のたびに厚労省通知や解説資料を読み込み、スタッフにも共有していました。WEBセミナーにも積極的に参加し、「知識量」だけで見れば非常に高い水準にありました。しかし実際のレセプトでは、返戻が一定数発生し、請求が月ごとに安定しない状態が続いていました。
院長自身は「ルールは理解しているはずなのに、なぜ同じような指摘が繰り返されるのか」という違和感を抱いていました。問題は知識不足ではなく、知識を現場運用に落とし込む過程にありました。
それでも現場で問題が起きる理由
レセプト業務は、通知や算定要件をそのまま当てはめれば完結するものではありません。実際の医療現場では、患者背景、診療の流れ、カルテ記載の癖、スタッフ間の役割分担など、複数の要素が同時に存在します。
同じ算定項目であっても、「どのタイミングで算定するか」「どのような記載が必要か」は、現場ごとに判断が分かれます。この判断の積み重ねが、結果として返戻や査定の差となって現れます。
事例②:知識は同じでも結果が違う2つのクリニック
同じ地域に、規模も診療科もほぼ同じ皮膚科クリニックが2院ありました。どちらの院長も同じ解説書を読み、同じセミナーに参加しています。しかし、一方のクリニックは返戻が少なく、もう一方は毎月のように修正が発生していました。
差を生んでいたのは、過去の経験の蓄積でした。返戻が少ないクリニックでは、過去に起きた指摘事例をスタッフ間で共有し、「次に同じケースが出たらどうするか」を話し合う習慣がありました。一方で、返戻が多いクリニックでは、指摘内容が個人の中に留まり、組織としての学びに変換されていませんでした。
医療機関経営とレセプトの位置づけ
レセプトは単なる事務作業ではなく、医療機関経営の根幹を支える業務です。算定漏れや返戻・査定が続けば、収益の不安定化を招きます。一方で、過度にリスクを恐れることで、本来算定できる点数を請求しないケースも少なくありません。
ここで求められるのは、「知っている」だけでなく「判断できる」力です。この判断力は、机上の学習では身につきません。現場で迷い、修正し、振り返るという経験の積み重ねによって形成されます。
知識の次に問われるもの
知識が均質化した今、医療機関や医療事務スタッフの間で差を生むのは、どれだけ現場経験を積み、それを自分なりに咀嚼してきたかという点です。この経験の質と量こそが、レセプト業務の安定性を左右します。
