Vol.1092 コンフォートゾーンが人を止める ― 成長が起きなくなる組織の構造 ―

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クリニック奮闘記

2026.02.09

クリニック奮闘記

Vol.1092 コンフォートゾーンが人を止める ― 成長が起きなくなる組織の構造 ―

クリニックの人財育成について考えるとき、多くの院長が感じる違和感がある。
「このスタッフは仕事ができるのに、数年前から成長していない」
「新人の頃は伸びていたが、今は同じことを繰り返しているだけに見える」
という感覚である。

この現象は、能力や意欲の低下によって起きているわけではない。むしろ、仕事に慣れ、安定して成果を出せるようになった段階で起きることが多い。そこには、仕事が"安全な場所"に収まってしまったという共通点がある。

人は、慣れ親しんだ環境の中では失敗をしにくい。手順も判断も予測可能であり、注意されることも少ない。クリニックという現場では、この状態が高く評価されやすい。正確で、スピードがあり、トラブルを起こさないことは、医療現場において重要な価値だからである。

しかし、ここに人財育成の落とし穴がある。

失敗が起きない環境では、経験が積み上がらない。

たとえば、受付業務やレセプト業務を長年担当しているスタッフがいるクリニックでは、その業務が特定の人に固定されやすい。院長としても「この人に任せておけば安心」という判断になる。結果として、そのスタッフは同じ業務を同じ方法で繰り返し、他の業務に挑戦する機会を失っていく。

一方で、他のスタッフは実務経験を積む機会がなく、いつまでも「任せられない側」に留まる。
この状態は現場を安定させているように見えるが、組織としての成長は止まっている。

小規模なクリニックほど、この傾向は顕著である。人員に余裕がなく、業務のローテーションも難しいため、「今うまく回っている形」を崩すことへの抵抗が強くなる。忙しさを理由に、新しい役割を与えることが先送りされ、結果として経験の幅が広がらない。

だが、成長とは本来、安定の中ではなく不安定な状況の中で起きるものである。

初めて患者対応を任されたとき、
初めてトラブル対応を経験したとき、
初めて業務改善を任されたとき。

そこには必ず不安があり、思い通りにいかない場面が生じる。しかし、その一つひとつが判断力や応用力として蓄積されていく。逆に言えば、そうした経験をしない限り、人は「今できること」以上には成長しない。

「今は忙しいから、任せられない」
という判断は、短期的には正しいかもしれない。しかし、その判断を繰り返した結果、いつまでも忙しさが解消されないクリニックも多い。任せないことで人が育たず、育たないことで業務が集中し、さらに任せられなくなるという循環に陥っているからである。

あるクリニックでは、長年同じ業務を担当していた事務スタッフに、業務全体を見直す役割を任せたことがある。当初は戸惑いが大きく、試行錯誤の連続だった。しかし、その過程で本人は、個別業務だけでなく、クリニック全体の流れを意識するようになった。結果として、以前よりも主体的に考え、周囲と連携しながら動ける人材へと変化していった。

この変化を生んだのは、能力でも知識でもない。
これまで経験してこなかった役割を担ったこと、それ自体が成長の要因であった。

クリニック経営における人財育成とは、失敗を避け続けることではない。むしろ、失敗が起き得る状況をどう設計するかという視点が重要になる。安全性が求められる医療現場であるからこそ、業務の切り分けやサポート体制を整えたうえで、段階的に役割を広げていく工夫が必要になる。

安心できる場所に人を留め続けることは、短期的には安定をもたらす。しかし長期的には、経験の差が組織の差となって表れる。
コンフォートゾーンを超えた先にしか、成長は存在しない。