Vol.1093 経験は「任せる」ことでしか生まれない ― 人が育つクリニックの共通点 ―

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クリニック奮闘記

2026.02.09

クリニック奮闘記

Vol.1093 経験は「任せる」ことでしか生まれない ― 人が育つクリニックの共通点 ―

クリニックの人財育成について語るとき、「教育」や「研修」という言葉が使われることが多い。しかし、現場で人が本当に育ったと実感できる場面を振り返ると、それらは必ずしも決定的な要因ではないことに気づく。

人が変わるのは、知識を与えられたときではなく、役割を任されたときである。

これは、受付業務でも、看護業務でも、事務業務でも共通している。業務内容を説明され、マニュアルを読んだだけでは、仕事の全体像は見えてこない。実際に任され、判断し、結果に向き合った経験があって初めて、その業務は自分のものになる。

多くのクリニックでは、人を育てたいと考えながらも、「まだ早い」「失敗されたら困る」という理由で、仕事を任せることをためらってしまう。その結果、院長や一部のベテランスタッフが業務を抱え込み、他のスタッフはいつまでも補助的な立場に留まることになる。

だが、経験は見て学ぶものではない。
引き受けることでしか、経験にはならない。

たとえば、レセプト業務を考えてみる。制度や点数の仕組みを説明することはできる。しかし、実際に入力し、点検し、返戻を受け、その理由を理解しなければ、レセプトの本質は身につかない。最初から完璧にできる人はいないが、任されなければ「できるようになる機会」そのものが失われてしまう。

小規模なクリニックでは、「任せる」ことに特有の難しさがある。人員に余裕がなく、業務の質がそのまま患者満足度に直結するため、失敗への許容度が低くなりやすい。そのため、院長自身が細部まで関与し続ける形になり、結果として組織全体が院長依存型になってしまうケースも少なくない。

しかし、その状態が長く続くと、別の問題が表面化する。
院長が不在のときに判断が止まる。
トラブルが起きると、誰も決断できない。
こうした状況は、任されてこなかったことの積み重ねによって生まれている。

あるクリニックでは、受付と会計業務を長年院長と一部スタッフで管理していたが、意図的に役割を分散させ、若手スタッフにも判断を委ねるようにした。最初は時間がかかり、ミスも増えた。しかし、その都度振り返りを行い、どこで判断が分かれたのかを共有することで、少しずつ全体の理解が深まっていった。

結果として、数か月後には院長が細部まで関与しなくても、現場が自律的に回るようになった。
この変化をもたらしたのは、教育内容の変更ではなく、任せ方の変更である。

重要なのは、「丸投げ」ではなく「段階的に任せる」ことである。最初から責任の重い判断を求める必要はない。業務の一部から任せ、結果を振り返り、次の範囲を広げていく。その積み重ねが、経験として蓄積されていく。

人は、責任を持たされたときに初めて、自分の行動を振り返る。
「なぜこう判断したのか」
「他に選択肢はなかったのか」
こうした内省は、任されなければ生まれない。

クリニック経営において人財育成を考えるなら、「どこまで教えたか」ではなく、「どこまで任せたか」を基準に見直す必要がある。教育や指導は重要だが、それはあくまで準備段階にすぎない。経験は、現場でしか生まれない。

任せることは、短期的には非効率に見える。時間も手間もかかり、失敗のリスクも伴う。しかし、任せなかった結果として生じる属人化や成長停滞は、長期的にはより大きな経営リスクとなる。

人が育つクリニックには共通点がある。それは、人を信頼し、役割を渡しているという点である。完璧でなくてもよい。失敗を前提としながらも、経験の機会を奪わない。その姿勢が、組織全体の力を底上げしていく。