Vol.1101 医療機関M&Aにおけるデューデリジェンスの再考 ―財務データ偏重の限界とレセプト精査の必要性―

レセプト代行サービス メディカルタクト
TEL:06-4977-0265
お問い合わせ
backnumber

クリニック奮闘記

2026.02.24

クリニック奮闘記

Vol.1101 医療機関M&Aにおけるデューデリジェンスの再考 ―財務データ偏重の限界とレセプト精査の必要性―

要旨

近年、医療機関の第三者承継およびM&Aは、後継者不在問題の解決手段として急速に普及している。しかしながら、買収後に想定した収益が確保できない、あるいは保険請求に関する問題が顕在化する事例が散見され、従来型のデューデリジェンスの枠組みに再検討の必要性が指摘されている。本稿では、医療機関の収益構造の特殊性に着目し、財務データ中心のデューデリジェンスの限界を明らかにするとともに、レセプトデータの精査が企業価値評価において果たすべき役割について論じる。


1.はじめに

医療機関のM&Aにおいては、一般企業と同様に財務・税務・法務を中心としたデューデリジェンスが実施されることが多い。特に財務デューデリジェンスは、過去の収益力やキャッシュフローの安定性を把握するうえで不可欠なプロセスとして位置づけられている。

しかし、医療機関の売上である医業収入は、診療行為の結果として診療報酬請求を経て確定するという点で、一般事業会社の売上とは本質的に異なる構造を有している。この構造的特性を十分に考慮しないまま財務数値のみを基礎として企業価値を評価した場合、将来収益の見通しに重大な誤差が生じる可能性がある。

本稿では、医療機関M&Aの実務において見落とされがちな「医業収入の質」に焦点を当て、財務データ偏重のリスクとレセプトデューデリジェンスの必要性について検討する。


2.従来型財務デューデリジェンスの機能と限界

財務デューデリジェンスは、対象医療機関の過去実績を分析し、収益性、資金繰り、債務状況等を多面的に把握することを目的として実施される。このプロセス自体は、M&Aの意思決定において一定の合理性を有しており、その重要性を否定するものではない。

しかしながら、医療機関においては、財務諸表に計上される医業収入が必ずしも将来の安定的収益を保証するものではないという点に留意する必要がある。医業収入は、レセプト請求という行政的審査プロセスを経て初めて最終的な収入として確定するため、帳簿上の売上高と実際の入金額、さらには将来の維持可能性との間に乖離が生じ得る。

すなわち、財務データの分析のみでは、医業収入の「量」は把握できても、その「質」までは十分に評価できないという構造的限界が存在する。


3.医業収入に内在する不確実性

医療機関の収益構造を精査すると、財務諸表上の医業収入には複数の性質の異なる要素が混在していることが理解できる。具体的には、適正な算定に基づく収入だけでなく、算定要件の解釈誤りによる過大請求、カルテ記載不備に起因する将来的減点リスク、あるいは本来算定可能であったにもかかわらず請求されていない未算定項目などが含まれている可能性がある。

このような混在構造のもとでは、単年度の売上高や利益水準が良好であったとしても、それが持続可能な収益力を示しているとは限らない。特に、過剰請求が含まれている場合には、買収後に請求の適正化を行った段階で売上が減少する可能性があり、のれん評価の前提が大きく揺らぐことになる。

また、請求精度が低い医療機関では、返戻や減点の発生頻度が高まり、キャッシュフローの安定性が損なわれる傾向がある。これらの要因は、財務デューデリジェンスのみでは十分に把握することが困難である。


4.レセプトデータが示す経営実態

レセプトは単なる保険請求書ではなく、診療行為、算定判断、施設基準運用、さらには医療事務体制の成熟度までを反映する包括的な経営データである。したがって、レセプト分析を通じて、財務諸表だけでは把握できない経営の実態が可視化される。

例えば、返戻率や減点率の推移は請求精度の水準を示す重要な指標となり得る。また、特定管理料や指導料等の算定構成比を同規模医療機関と比較することで、算定傾向の偏りや潜在的リスクを把握することが可能となる。さらに、月次点数の急激な変動や特定項目への依存度の高さは、将来的な査定リスクや指導リスクの予兆として機能する場合がある。

このように、レセプトデータの精査は、医療機関の収益の持続可能性を評価するうえで不可欠な補完的手段であると位置づけられる。


5.医療機関M&Aにおける評価モデルの再構築

以上の検討から明らかなように、医療機関M&Aにおいては、従来の財務中心型デューデリジェンスのみでは企業価値の適正評価に限界がある。今後は、財務分析に加えてレセプトデータを統合的に評価する多層的アプローチが求められる。

特に、返戻・減点の実績、算定構成の妥当性、施設基準の運用状況、カルテ記載との整合性といった観点を事前に検証することにより、買収後に顕在化し得る収益下振れリスクや行政指導リスクを相当程度低減できる可能性がある。

医療機関の企業価値は、単なる過去売上の延長線上にあるのではなく、「適正請求を前提とした持続可能な医業収入」によって評価されるべきである。この視点の転換が、今後の医療M&A実務の高度化に不可欠である。


6.結論

医療機関のM&Aにおいて、財務データは重要な判断材料であるものの、それのみでは医業収入の実態を十分に把握することはできない。診療報酬制度に依存する医療機関特有の収益構造を踏まえれば、レセプトデータの精査を含むデューデリジェンスの高度化が不可避である。

今後、医療M&Aの成功確率を高めるためには、財務・法務に加えてレセプトの質的評価を体系的に組み込んだ統合的デューデリジェンス体制の確立が強く求められる。これは買主のリスク管理のみならず、売主にとっても適正な企業価値を示すうえで重要な意義を有するものであり、医療機関承継の実務標準として広く共有されるべき課題である。