Vol.1103 医療機関M&Aにおけるレセプトデューデリジェンスの実務 ―過剰請求・不正請求を見抜く分析視点とケーススタディ―

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クリニック奮闘記

2026.02.24

クリニック奮闘記

Vol.1103 医療機関M&Aにおけるレセプトデューデリジェンスの実務 ―過剰請求・不正請求を見抜く分析視点とケーススタディ―

要旨

医療機関M&Aにおいて、レセプトデューデリジェンスは将来キャッシュフローの妥当性を検証するための中核的工程である。しかし、実務上「どの指標を用いれば過剰請求や不正請求の兆候を把握できるのか」という具体論が十分に整理されているとは言い難い。本稿では、レセプト分析に基づく異常検知の視点を体系化するとともに、実際のケーススタディを通じて、M&A前に把握すべきリスクの構造を明らかにする。


1.はじめに

医療機関の医業収入は、診療報酬制度に基づく請求の結果として形成される。したがって、レセプトの内容は単なる請求情報ではなく、診療行為、算定判断、施設基準運用、医療事務体制の成熟度を包括的に反映する経営データである。

医療機関M&Aにおけるデューデリジェンスでは、過去の財務数値が重視される傾向にあるが、その数値の前提となる請求の妥当性を検証しなければ、企業価値評価は不完全となる。本稿では、過剰請求・不正請求の兆候を見抜くための実務的視点を提示する。


2.過剰請求・不正請求の構造的特徴

過剰請求および不正請求にはいくつかの共通する特徴が存在する。第一に、特定の高点数項目への依存度が高い傾向がある。第二に、同規模・同診療科の平均的構成比と比較して顕著な乖離が認められる場合がある。第三に、算定開始時期と点数増加のタイミングが一致していない、あるいは急激な増加トレンドを示すことがある。

これらの特徴は、単年度の売上分析では把握しにくいが、複数年のレセプトデータを横断的に分析することで可視化される。


3.異常検知のための分析視点

(1)算定構成比の比較分析

最も基本的かつ有効な手法は、算定構成比の比較である。たとえば、再診料、特定疾患管理料、在宅関連点数、検査料等の構成割合を抽出し、地域平均や同規模医療機関のデータと比較する。

仮に、特定管理料の算定割合が平均値の1.5倍以上である場合、その背景を精査する必要がある。実際には正当な診療内容である場合もあるが、カルテ記載の整合性や算定要件の充足状況を確認しなければ、将来的な査定リスクを評価できない。


(2)月次点数推移の時系列分析

月次総点数の推移をグラフ化すると、経営上の転換点や算定方針の変化が視覚的に把握できる。特定月以降に急激な点数上昇が確認される場合、その要因が制度改定なのか、施設基準取得なのか、あるいは算定強化によるものなのかを検証する必要がある。

急激な上昇が合理的説明を欠く場合、過剰請求の可能性が否定できない。M&A後に算定適正化を行った結果、売上が減少するケースは少なくない。


(3)減点・返戻理由の内訳分析

減点率のみならず、減点理由の内訳分析も重要である。単純な記載漏れが中心であれば事務体制の改善で対応可能であるが、算定要件そのものの誤解に起因する減点が多数を占める場合、収益構造の修正が必要となる。

減点が常態化している医療機関では、帳簿上の売上が実質的な収益力を過大に示している可能性がある。


4.ケーススタディ

ケース1:在宅医療における算定過多

ある内科系クリニックでは、在宅患者数がほぼ横ばいであるにもかかわらず、在宅総点数が2年間で約1.4倍に増加していた。財務諸表上は増収傾向が確認され、収益力の向上と評価されていた。

しかし、レセプト分析を行った結果、同一日に複数算定している項目の解釈に誤りがあることが判明した。算定要件を厳格に適用すると、年間医業収入は約10~12%減少する見込みとなり、企業価値算定の前提が修正された。

この事例は、財務データのみでは把握できない請求構造の歪みを示している。


ケース2:皮膚科クリニックにおける高点数体質

別の皮膚科クリニックでは、特定処置の算定割合が地域平均を大きく上回っていた。買収後、審査機関からの照会が増加し、一部項目について減点が相次いだ。

調査の結果、算定自体は可能であったものの、カルテ記載が要件を十分に満たしていないケースが散見された。結果として、算定適正化に伴い年間収益が約8%減少した。

このケースでは、事前にレセプトのサンプル抽出と記載内容の照合を行っていれば、リスクは把握可能であったと考えられる。


ケース3:管理料依存型収益構造

あるクリニックでは、総点数に占める管理料の割合が極めて高く、検査や処置の構成比が低いという特徴が認められた。レセプト精査の結果、算定要件の継続管理に必要な記載が一部不十分であり、将来的に査定対象となる可能性が示唆された。

M&A後、請求体制を見直した結果、管理料算定が減少し、営業利益率が想定よりも低下した。


5.実務上の示唆

以上の事例から明らかなように、過剰請求・不正請求の兆候は、以下の三層構造で把握することが有効である。

第一に、マクロ的視点として算定構成比および時系列推移を分析すること。
第二に、ミクロ的視点としてレセプト単位での要件充足状況を確認すること。
第三に、減点・返戻データを通じて審査機関の評価傾向を把握すること。

これらを統合的に検証することで、財務数値の裏付けとなる請求の質を評価できる。


6.結論

医療機関M&Aにおけるレセプトデューデリジェンスは、単なる事務的確認作業ではなく、将来キャッシュフローの持続可能性を検証する戦略的プロセスである。過剰請求や不正請求の兆候は、算定構成比の異常、急激な点数変動、減点内訳の偏りといった形で現れることが多い。

財務データのみでは見えない収益構造の歪みを可視化することこそが、医療機関M&Aの成功確率を高める鍵となる。レセプト分析に基づく客観的評価モデルの構築が、今後の実務標準として確立されることが期待される。