Vol.1115 辞めない職場をつくるための現実的な取り組み ―クリニック経営における人材定着の視点―

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クリニック奮闘記

2026.03.10

クリニック奮闘記

Vol.1115 辞めない職場をつくるための現実的な取り組み ―クリニック経営における人材定着の視点―

これまでの連載では、クリニックにおけるスタッフ離職の背景として、組織構造の問題や院長のマネジメントが職場環境に与える影響について検討してきた。また、スタッフが定着している医療機関の事例から、業務の整理や情報共有の仕組みが職場の安定に寄与していることも明らかになった。本稿ではこれらの議論を踏まえ、院長が日常の診療の中で実践可能な取り組みについて考察する。

まず前提として理解しておくべき点は、クリニックの職場環境は短期間で劇的に変化するものではないということである。大規模な企業組織のように人事制度や評価制度を整備することは、現実的には難しい場合が多い。したがって重要になるのは、日常の業務の中で積み重ねられる小さな取り組みである。それらの積み重ねが、結果として職場の雰囲気やスタッフの定着に影響を与えることになる。

ある住宅地の内科クリニックでは、医療事務の退職が続いた経験を契機に、院長が職場運営の方法を見直したことがあった。このクリニックでは以前、受付業務の進め方がスタッフごとに異なり、新しく入職した職員が戸惑う場面が多く見られていた。院長は当初、個々のスタッフの経験に任せる形で業務を進めていたが、退職が続いたことをきっかけに、受付業務の基本的な流れを整理することにしたのである。

具体的には、来院受付から会計処理までの業務の順序を整理し、スタッフ全員で共有する場を設けた。特別な制度を導入したわけではなく、診療終了後の短時間の打ち合わせで業務の進め方を確認しただけである。しかし、この取り組みによって業務の手順が明確になり、新しいスタッフも比較的短期間で業務に慣れることができるようになった。その結果、医療事務の離職は次第に減少し、現在では安定した受付体制が維持されているという。

整形外科クリニックでも、職場環境の改善がスタッフの定着に影響を与えた例がある。都市部のある整形外科では、リハビリスタッフの退職が相次いだ時期があった。院長は当初、リハビリ部門の業務量が多いことが原因であると考えていた。しかし、スタッフとの面談を重ねるうちに、業務量そのものよりも、仕事の進め方について相談できる場が少ないことが問題であると分かってきた。

そこで院長は、月に一度の短いミーティングを設け、リハビリ部門のスタッフが業務の状況を共有する機会を作った。会議の内容は必ずしも形式的なものではなく、日常の診療で感じている問題や改善の提案を話し合う場として活用された。ある理学療法士は、「自分たちの意見が業務の改善につながる経験をしたことで、職場に対する見方が変わった」と語っている。このように、職場の問題を共有する機会があること自体が、スタッフの安心感につながる場合も少なくない。

訪問診療クリニックでは、業務の性質上、スタッフ間の連携が特に重要となる。ある訪問診療クリニックでは、看護師の退職が続いた経験から、訪問業務の情報共有の方法を見直した。以前は訪問スケジュールの調整が事務スタッフに集中しており、現場の看護師が十分な情報を得られないことがあった。その結果、訪問先での対応に戸惑う場面が生じ、精神的な負担につながっていたのである。

このクリニックでは、週に一度の短いカンファレンスを設け、訪問先の患者の状況を確認するようになった。医師、看護師、事務スタッフが参加し、訪問時に注意すべき点や家族からの要望などを共有する。こうした取り組みによって訪問業務の見通しが立てやすくなり、看護師の心理的負担が軽減されたという。現在では、訪問件数が増加しているにもかかわらず、スタッフの離職はほとんど見られなくなっている。

これらの事例に共通しているのは、いずれも大掛かりな制度改革ではなく、日常業務の中で実行可能な取り組みであるという点である。クリニックの規模を考えると、企業のような体系的な人事制度を導入することは容易ではない。しかし、業務の流れを整理することや、職場の問題を共有する場を設けることは、比較的現実的に実行できる方法である。

また、こうした取り組みを進めるうえで重要になるのは、院長が職場の状況に関心を持ち続けることである。診療が忙しいと、組織の内部で起きている変化に気づきにくくなる。しかし、スタッフの退職は突然起こるものではなく、多くの場合、職場の中で徐々に蓄積された問題が表面化した結果である。したがって、日常の業務の中でスタッフの状況に目を向けることが、結果として離職の防止につながることになる。

クリニックの経営において、人材の定着は診療体制の安定に直結する重要な要素である。スタッフが安心して働くことのできる職場環境は、患者にとっても安心して通院できる医療機関を意味する。職場環境の改善は一度の取り組みで完結するものではないが、日常の業務の中での小さな工夫の積み重ねが、結果として安定した医療機関の運営を支えることになるのである。

本連載では、クリニックにおけるスタッフ離職の背景と、その改善に向けた考え方について検討してきた。医療機関の規模や診療内容によって状況は異なるものの、職場環境の形成には組織の仕組みと院長の関わり方が大きく影響することが、複数の事例から明らかになった。今後のクリニック経営において、人材の定着という視点がこれまで以上に重要になることは間違いない。安定した医療提供体制を維持するためにも、職場環境のあり方について継続的に検討していくことが求められている。