Vol.1186 BCP策定の義務化が在宅クリニックに迫る備え ―「計画を作る」のではなく「動く体制を作る」―

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クリニック奮闘記

2026.06.22

クリニック奮闘記

Vol.1186 BCP策定の義務化が在宅クリニックに迫る備え ―「計画を作る」のではなく「動く体制を作る」―

2026年度(令和8年度)診療報酬改定により、在宅療養支援診療所をはじめとする一定の医療機関に対し、BCP(業務継続計画)の策定が施設基準として義務化された。災害や感染症の発生といった非常時においても、患者への医療提供を継続し、早期に業務を再開できる体制を整えることが、加算算定の前提として明確に位置づけられたのである。本稿では、地域の在宅医療を支える在宅クリニックを題材に、この義務化が経営に何を迫るのかを論じたい。

BCPとは、災害等の緊急事態に直面した際に、事業をいかに継続し、あるいは中断した場合にいかに早期に復旧させるかをあらかじめ定めておく計画である。在宅療養支援診療所は、二十四時間対応と往診体制を担い、全国に約一万七千か所が存在するとされる。これらは在宅医療の地域拠点であり、災害時にこそその継続性が問われる。自宅で療養する患者は、平時から医療への依存度が高く、災害によって医療が途絶えれば、その生命に直結しかねない。だからこそ、在宅医療を担う診療所には、非常時の継続性確保が特に強く求められるのである。

ここで重要なのは、今回の要件が「計画を策定すればよい」というものではない点である。厚生労働省が示した要件の骨格では、医療機関向けのBCP作成の手引き等を参考に計画を策定したうえで、その計画に従って必要な措置を実施し、さらに定期的に見直しを行うことまでが求められている。すなわち、文書を作って棚にしまっておくのではなく、実際に運用し、訓練を通じて実効性を検証し、改善し続けることが要件の本質なのである。

ある在宅専門クリニックの事例を考えたい。この診療所は地域で数百名の在宅患者を抱え、二十四時間の往診体制を敷いている。院長は当初、BCPの策定を「届出のための書類作成」と捉えていた。しかし要件を精査するなかで、自院が災害時に直面する現実的な課題に気づくことになった。たとえば、大規模停電が起きれば、在宅で人工呼吸器や在宅酸素療法を利用する患者の安全をどう確保するのか。通信が途絶えれば、患者や訪問看護ステーションとの連絡をどう取るのか。職員自身が被災した場合、誰がどの患者を優先して訪問するのか。これらは、平時には意識されにくいが、非常時には待ったなしで判断を迫られる問題である。同院はこうした課題を一つひとつ洗い出し、優先順位とともに対応手順を定めることで、ようやく実効性のある計画へと近づいていった。

経営的な観点からは、この義務化を軽視できない理由がある。BCPの策定は機能強化加算をはじめとする施設基準に組み込まれており、これを満たさなければ、機能強化加算や在宅療養支援診療所の各種加算が算定できなくなる。機能強化加算は初診のたびに算定される加算であり、これを失えば収益に直接の影響が及ぶ。さらに、施設基準の不備が継続すれば、保険医療機関としての施設基準届出の取り消しや、加算の返還を求められる事態も想定される。BCP未策定は、単なる準備不足にとどまらず、経営の根幹を揺るがすリスクをはらんでいる。

既存の届出医療機関には、令和九年五月末までの経過措置が設けられている。一見すると猶予は十分にあるように思えるが、実効性のあるBCPの策定は一朝一夕には完成しない。現状の業務を棚卸しし、非常時の優先業務を見極め、職員間で役割を共有し、訓練を重ねて改善する。この一連のプロセスには相応の時間を要する。早期に着手することが、結果として無理のない体制整備につながる。

BCPの策定義務化は、在宅クリニックに対し、自院が地域医療の中でどのような役割を担い、非常時にもそれをいかに守り抜くかを問うている。これは規制対応という側面を超えて、地域の患者と職員の安全に対する診療所の責任を明文化する作業でもある。在宅医療の担い手としての信頼は、平時の診療だけでなく、非常時にどこまで備えているかによっても測られる。BCPの策定を、義務だからこなす作業としてではなく、自院の事業継続力そのものを高める機会として捉える姿勢が、これからの在宅クリニック経営には求められている。