2026.06.22
クリニック奮闘記
Vol.1188 「静かな退場」を防ぐ ― 皮膚科の集患と情報発信 ―患者離れはなぜ起き、どう食い止めるのか―
医療機関の倒産や休廃業が過去最多の水準で推移するなか、その背景には診療報酬と物価のバランスの崩れだけでなく、患者離れという静かな進行も横たわっている。正式な廃業届を出さずに診療を終える「静かな退場」が個人クリニックで増えているとの指摘もあり、実態は統計以上に深刻だとされる。本稿では、自由診療と保険診療の双方を扱い、患者の選択眼にさらされやすい皮膚科を題材に、集患と情報発信のあり方を論じたい。
かつて、一九八五年の医療法改正以降に無床クリニックが急増した時代には、積極的な情報発信をせずとも、地域のかかりつけ医として患者が自然に集まり、経営は安定していた。しかし現在の医療環境は大きく様変わりしている。診療報酬が人件費や光熱費、消耗品費といった物価の上昇に追いつかず、コストと収入のバランスが崩れやすくなっている。こうしたなかで、ホームページやSNSによる情報発信がない、待ち時間が長いといった理由で患者が離れれば、収支は一気に悪化し、その回復は容易ではない。
皮膚科は、この患者離れのリスクと機会の双方を色濃く持つ診療科である。アトピー性皮膚炎や慢性蕁麻疹のような継続的な通院を要する疾患がある一方で、湿疹や虫刺されのような一見の患者も多い。さらに、しみやしわ、脱毛といった自由診療の領域も広く、患者は複数の選択肢のなかから医療機関を選ぶ。すなわち皮膚科は、患者の選択にさらされやすく、それゆえに情報発信の巧拙が集患に直結しやすい診療科なのである。
ある皮膚科クリニックの事例を考えたい。この診療所は、開業当初こそ地域の評判で患者を集めていたが、近隣に新規の皮膚科が開業したことを契機に、徐々に患者数の伸びが鈍化した。院長が自院のホームページを見直したところ、診療時間や対応疾患の情報が古いまま放置され、自院がどのような診療に力を入れているのかが患者に伝わらない状態であった。同院は、提供する診療内容を分かりやすく整理し、よくある皮膚疾患への対応方針を丁寧に発信する形へとホームページを刷新した。あわせて待ち時間の管理を見直し、予約の仕組みを改善した。こうした取り組みを通じて、患者が自院を選ぶ理由を明確に示すことができるようになったという。
ここで強調したいのは、情報発信が単なる宣伝ではなく、患者が適切な医療機関を選ぶための判断材料を提供する行為だという点である。皮膚科領域は、効果を保証するかのような表現や、他院との優劣を不当に強調する広告が問題となりやすい分野でもある。医療広告ガイドラインを遵守し、誇張のない正確な情報を発信することは、規制対応であると同時に、患者からの信頼を積み上げる行為でもある。誇大な広告で一時的に患者を集める診療所と、適正な情報発信で着実に信頼を得る診療所とでは、長期的な経営の安定性に大きな差が生じる。
加えて、情報発信のあり方は、自院がどのような患者を診たいのかという診療方針とも密接に結びついている。たとえば、アトピー性皮膚炎の継続的な管理に力を入れたい診療所であれば、その治療方針や考え方を丁寧に発信することで、長期的な通院を希望する患者との接点が生まれる。逆に、発信する情報が曖昧であれば、患者は自院が何を得意とするのかを判断できず、来院の動機も弱まる。情報発信とは、自院の診療の輪郭を地域に対して明確に示す作業であり、それによって自院の診療方針に合った患者との出会いが生まれる。集患を単なる数の問題として捉えるのではなく、自院が提供したい医療と、それを求める患者とを結びつける営みとして捉えることが、持続的な経営につながる。
患者離れは、スタッフのモチベーションにも影を落とす。患者が来ない診療所では、職員の士気が下がり、その雰囲気は患者にも伝わる。逆に、患者との信頼関係が築かれ、診療が円滑に回る診療所では、職員が働きやすく、その明るさが患者満足度を押し上げる。集患と職場環境は、互いに支え合う関係にある。情報発信の改善は、この好循環を生み出す起点となりうる。
皮膚科にとって、集患と情報発信は、診療の質と並ぶ経営の生命線である。「これまでと同じやり方で大丈夫」という思い込みは、患者離れが静かに進行するなかで、取り返しのつかない事態を招きかねない。自院がどのような医療を提供し、患者にどのような価値をもたらすのかを、正確かつ誠実に発信し続けること。そして待ち時間や予約といった患者の体験を絶えず見直すこと。こうした地道な努力の積み重ねが、「静かな退場」を防ぎ、地域に必要とされ続ける皮膚科を支えるのである。
